The Passing

岡本源太(美学)。書物を通過する軌跡。http://passing.nobody.jp/

沼野雄司『エドガー・ヴァレーズ』

沼野雄司『エドガー・ヴァレーズ』、春秋社、2019年 かつて初めて聴いたエドガー・ヴァレーズの《イオニザシオン》はまったくの支離滅裂な音の羅列に思えて困惑したが、あるときそれが自在に音の躍動する一つの空間として立ち現れて、爾来、ヴァレーズの音楽…

松村圭一郎『うしろめたさの人類学』

松村圭一郎『うしろめたさの人類学』、ミシマ社、2017年 社会的紐帯としての感情の共感作用を起点として、市場(交換)と国家(再配分)のあいだに社会(贈与)の空間を開くことが試みられる。もっとも、援助の実践に示されるごとく、市場と国家と社会は截然…

中井正一『日本の美』

中井正一『日本の美』、中公文庫、2019年(初版1952年)[併録の『近代美の研究』の初版は1947年] 「思想的危機における芸術ならびにその動向」(1932)では、文化の機械化と大衆化が思想の危機をもたらしたという通説が、近代における学問の専門化と職業化…

中井正一『美学入門』

中井正一『美学入門』、中公文庫、2010年(初版1951年) 中井正一とヴァルター・ベンヤミンとの親近性は、誰しもすぐさま気づかずにはいられない――脱落の美とアウラの凋落、コプラの欠如とショック作用、基礎射影と視覚的無意識、謬りを踏みしめての現在と今…

ロージ・ブライドッティ『ポストヒューマン』

ロージ・ブライドッティ『ポストヒューマン――新しい人文学に向けて』門林岳史監訳、フィルムアート社、2019年(原著2013年) ブライドッティによれば、現代の科学技術の発達と政治経済のグローバル化によって、個人主義的な主体性を人間に認めがたくなってき…

ミシェル・セール『人類再生』

ミシェル・セール『人類再生』米山親能訳、法政大学出版局、2006年(原著2001年) セールは人類の文化と認識の発展の起源を、最初期の技術たる動物の家畜化(正確には人間と動物の「相互飼い慣らし」)に見いだす。その要となったのは、分節言語によらない外…

ミシェル・セール『作家、学者、哲学者は世界を旅する』

ミシェル・セール『作家、学者、哲学者は世界を旅する』清水高志訳、水声社、2016年(原著2009年) セールによれば、クロード・レヴィ=ストロースが「野生の思考」と捉え直したようなトーテミズムは、分類操作の基本原理として、自然科学の起源にある。それ…

ポール・ヴァレリー『ドガ ダンス デッサン』

ポール・ヴァレリー『ドガ ダンス デッサン』清水徹訳、筑摩書房、2006年(原著1938年) ヴァレリーが歴史や伝記に向ける疑義は、本を読みながらの落描きのごとき気まぐれで途切れ途切れの文体によっても体現されているだろう。偶然とそれへの応答を直線的に…

ジャック・ランシエール『解放された観客』

ジャック・ランシエール『解放された観客』梶田裕訳、法政大学出版局、2013年(原著2008年) ランシエールは、人間の多面性、現実の多層性をつねに注視している。それゆえに、あらゆる二項対立をその可能性の条件に遡って問い直し、対立が反転したり移動した…

ジャック・ランシエール『感性的なもののパルタージュ』

ジャック・ランシエール『感性的なもののパルタージュ』梶田裕訳、法政大学出版局、2009年(原著2000年) 歴史の終焉論から芸術の終焉論へと、思想の力をめぐる論争の場所が移動していくのにあわせて、ランシエールの研究領域も労働・歴史・文学・芸術へと拡…

フランソワ・ヌーデルマン『ピアノを弾く哲学者』

フランソワ・ヌーデルマン『ピアノを弾く哲学者』橘明美訳、太田出版、2014年(原著2008年) ジャン=ポール・サルトル、フリードリヒ・ニーチェ、ロラン・バルトがどのようにピアノを弾いていたのかをあとづけながら、ヌーデルマンはその非言語的で身体的な…

平倉圭『かたちは思考する』

平倉圭『かたちは思考する』、東京大学出版会、2019年 形象の思考と力とが、形象を布置において理解することで、統合される。布置(dispotision)は構成(composition)に比して分散的であり、巻込の作用によって力を揮い、思考を広げる。ホワイトヘッドから…

平倉圭『ゴダール的方法』

平倉圭『ゴダール的方法』、インスクリプト、2010年 すでにある思想を表明したのではなく、映像と音声そのものによって思考しているゴダールの映画を把握するには、作品自体から分析方法を引き出さねばならない。ゴダールの編集操作の手つきが分析方法として…

ブリュノ・ラトゥール『近代の〈物神事実〉崇拝について——ならびに「聖像衝突」』

ブリュノ・ラトゥール『近代の〈物神事実〉崇拝について——ならびに「聖像衝突」』荒金直人訳、以文社、2017年(原著2009年) 物神崇拝への批判——聖像破壊——は、一度目は人間が物神を作っているのだとして権力の源を物神から人間へと移動させ、二度目は人間が…

マッシモ・カッチャーリ『三つのイコン』

Massimo Cacciari, Tre icone, Milano : Adelphi, 2007. マッシモ・カッチャーリはピエロ・デッラ・フランチェスカ《復活》を、アルベルティやヴァッラに体現されているような「悲劇的」人文主義の文脈で見る。カッチャーリによれば、人文主義は単純で純粋な…

ユベール・ダミッシュ『線についての論考』

Hubert Damisch, Traité du trait, Paris : Editions de la Reunion des Musées Nationaux, 1995. ルーチョ・フォンタナ《空間概念——期待》のシリーズは、一つのカンヴァスの物理的破損であると同時に、絵画というジャンル一般の概念的崩壊でもある。カンヴ…

ユベール・ダミッシュ『カドミウム・イエローの窓』

Hubert Damisch, Fenêtre jaune cadmium, Paris : Le Seuil, 1984. ダミッシュの哲学的な核心は、理論と歴史を駆動するアンフォルムとアナクロニズムへの洞察にあるように思うが、彼の仕事を美学美術史の伝統的な主題のなかに位置づけるなら、線と色、および…

マッシモ・カッチャーリ『哲学の迷宮』

Massimo Cacciari, Labirinto filosofico, Milano : Adelphi, 2014. (新)プラトン主義の伝統にあっては、哲学者——知恵を愛する者——は魂に知恵のイメージを描き、そうして魂はそのイメージに恋をするようになる。哲学すること、知恵を愛することにはエロー…

マッシモ・カッチャーリ『死後に生きる者たち』

マッシモ・カッチャーリ『死後に生きる者たち』上村忠男訳、みすず書房、2013年(原著1980年、2005年) ニーチェを継いで語られる「死後に生きる者たち」の位置は、同時代性も、反時代性さえもなく、主体を幽霊のごとき絶対的な距離のうちに置く。「自分のい…

古田徹也『言葉の魂の哲学』

古田徹也『言葉の魂の哲学』、講談社選書メチエ、2018年 概念の実体化への批判と、言葉の立体的理解への洞察が、ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインとカール・クラウスの言語哲学から汲み取られていく。言葉以前のものを実体化して、言葉をその代理と見なす…

星野太『崇高の修辞学』

星野太『崇高の修辞学』、月曜社、2017年 感性に関わる「美学的崇高」の背後に、言葉に関わる「修辞学的崇高」が発掘される。これはアイステーシスの根底にすでにロゴスがあるということなのだろうか。 * 偽ロンギノスは、過去の崇高な作品に触れることがみ…

ジョルジュ・ディディ=ユベルマン『アトラス、あるいは不安な悦ばしき知』

ジョルジュ・ディディ=ユベルマン『アトラス、あるいは不安な悦ばしき知』伊藤博明訳、ありな書房、2015年(原著2011年) アルベルティの物語からグリーンバーグの平面まで、部分を全体に統合していく美学的=認識論的モデルに対して、ディディ=ユベルマン…

ルイ・マラン『王の肖像』

ルイ・マラン『王の肖像』渡辺香根夫訳、法政大学出版局、2002年 (原著1981年) マランによれば、権力は表象としてしか存在しないという。というのも権力が成立するためには実際の物理的な暴力が潜在化され、さらに制度化されねばならず、表象こそがこの暴…

ルイ・マラン『ユートピア的なもの』

ルイ・マラン『ユートピア的なもの』梶野吉郎訳、法政大学出版局、1995年(原著1973年) ユートピアの中立性が、ただ現実社会からの分離独立というだけのことであれば、それは共通のイデオロギーに取り込まれている。そうではないユートピアの中立性は、あれ…

ルイ・マラン『絵画の記号学』

ルイ・マラン『絵画の記号学』篠田浩一郎、山崎庸一郎訳、岩波書店、1986年(原著1971年) 所収の論考「絵画記号学原理」で、マランはタブローの空間を「ユートピア」だと形容している。タブローは、枠内に観者の視点と視線を組織化する行動の実存的空間、生…

ユベール・ダミッシュ『雲の理論』

ユベール・ダミッシュ『雲の理論』松岡新一郎訳、法政大学出版局、2008年(原著1972年) 雲、描かれた雲は、空間でもあれば形象でもあり、象徴にもなれば物質を見せもする。これはたんに多様に使用されるというだけの話ではないし、多彩な機能をもつというだ…

大学で学問をするために——読書案内

① 梅棹忠夫『知的生産の技術』、岩波新書[青版F93]、1969年入門にして古典と言うべき一冊。学問のいちばん根本的な心構えを存分に伝えてくれます。正直ちょっと古い話題もありますが、生物学的に見ると人間の脳は新石器時代から進化していないそうですから…

美学入門——読書案内

① 佐々木健一+爆笑問題『人類の希望は美美美——美学』、講談社、2008年漫才師の爆笑問題が日本の学者たちと対話したテレビシリーズから、美学の回。テンポよく気楽に読みすすめられますが、理論的に踏み込んだ議論もあり、「感性的認識の学」たる美学がなに…

美学の今世紀——読書案内

「感性的認識の学」、すなわち知性に対する感性のはたらきを扱う学問として創始された美学は、概念へと規定される以前の思考を問題にするがゆえに、長らく芸術をこそ特権的な考察対象にしてモデルとしてきた。概念以前の思考となれば、言葉によって明晰判明…

大学ではじめて美学に触れるひとへ

美学について 「美学」という学問を知ったのは、大学の1年次生だったときのこと。先史の装飾から現代の映像まで、絵画に音楽に文学に建築に、さらには人間社会も生物行動も自然景観も、「感性」を切り口に横断的に考察していく美学は、世界の姿をまるごと眼…