The Passing +

岡本源太(美学)。書物を通過する軌跡。http://passing.nobody.jp/

社会

ルイ・マラン『ユートピア的なもの』

ルイ・マラン『ユートピア的なもの』梶野吉郎訳、法政大学出版局、1995年(原著1973年) ユートピアの中立性が、ただ現実社会からの分離独立というだけのことであれば、それは共通のイデオロギーに取り込まれている。そうではないユートピアの中立性は、あれ…

デューリング

Élie During, "La compression du monde" (2009) プロトタイプ論のさらなる展開を追いかけるまえに、エリー・デューリングの別系列の現代芸術論も読んでみようと「世界の圧縮」を繙くと、こちらは時間論と密接に連動した話。 情報技術の進展によって現代社会…

ラトゥール

ブルーノ・ラトゥール「〈社会的なもの〉の終焉」(原著2002) 昨年『VOL』のエピステモロジー特集号(05)に翻訳されたブリュノ・ラトゥールのガブリエル・タルド論、ようやく眼を通してみると、先日読んだトマス・サラセーノ論よりも格段に理論的に突っ込ん…

ラトゥール

Bruno Latour, "Some Experiments in Art and Politics" (2011) ブリュノ・ラトゥールがトマス・サラセーノの作品(Galaxies forming along filaments, like droplets along the strands of a spider's web)をとりあげている短文があったので、友人たちと読…

ラトゥール

Bruno Latour, Politiques de la nature. (1999) 生態学的な発想がますます活況を呈している観があるこのところ、ラトゥールによるエコロジー論にも目を通しておきたい(生態学[écologie scientifique]というよりエコロジー[écologie politique]がメインの書…

ラトゥール、カロン、ロー

ブルーノ・ラトゥール「理性の知らないネットワーク――実験室、図書館、収集館」(原著1996) ミシェル・カロン、ジョン・ロー「個と社会の区分を超えて――集団性についての科学技術社会論からの視座」(原著1997) いまさら気づいたが、『科学を考える』(北…

トクヴィル(富永茂樹)

富永茂樹『トクヴィル』(2010) 名前しか知らなかったトクヴィル。「諸条件の平等」のパラドクスをめぐる思索のあとをたどってみると、ミシェル・フーコーやマルセル・ゴーシェなどの現代フランス政治哲学の背後にある厚みを痛感させられる。鎖の解体や部分…

 ブリュノ・ラトゥールによる

Iconoclash. Beyond the Image Wars in Science, Religion and Art, edited by Bruno Latour and Peter Weibel, Cambridge, Mass., MIT Press, 2002. Making Things Public. Atmospheres of Democracy, edited by Bruno Latour and Peter Weibel, Cambridge,…

希望学

東京大学社会科学研究所編『希望学[1]希望を語る』(2009) 社会科学に「希望」という視点を導入することの賭金は、一つには、社会問題の心理主義化ないし個体化という傾向(「自己決定」や「自己責任」はその端的なあらわれ)を逆手にとって、「希望」と…

宮崎広和、荒川修作(塚原史)

宮崎広和『希望という方法』(2009) 塚原史『荒川修作の軌跡と奇跡』(2009) 社会科学における「希望」という視点は、情念論の現代的な一変形のような気もして、なんとなく気になるところ。とはいえそれ以上に、方法として見られた「希望」は、その時間構造か…

 クロード・レヴィ=ストロース『はるかなる視線』(全2冊、三保元訳、みすず書房、1986年)

クロード・レヴィ=ストロース(Claude Lévi-Strauss, 1908-2009)の三つめの論文集(原著1983年)。『野生の思考』をはじめて手に取ったのがいつだったのかを思い起こすなら、レヴィ=ストロースの書物をそれなりに「読める」ようになるまで、かなりの長い…

 ミシェル・ド・セルトー『ルーダンの憑依』(矢橋透訳、みすず書房、2008年)

ミシェル・ド・セルトー(Michel de Certeau, 1925-1986)が、一七世紀にフランスはルーダンの修道院で起こった集団悪魔憑き事件について著した書物(原著1970年)。ジャンヌ・デ・ザンジュをはじめとするルーダンの修道女たちが、ある日から突発的に奇怪な…

 ブリュノ・ラトゥール『科学論の実在』(川崎勝、平川秀幸訳、産業図書、2007年)

ブリュノ・ラトゥール(Bruno Latour, 1947- )が、「主体−客体」の対を「複数の人間−複数の人間でないもの」の集合体へと置き換えながら、みずからの「実在論」哲学を展開した書物。「絶対的な客観性」と「社会や権力による構築性」との闘争が実は一致して…

 池上俊一『イタリア・ルネサンス再考 花の都とアルベルティ (講談社学術文庫)』(講談社学術文庫、2007年)

レオン・バッティスタ・アルベルティと15世紀フィレンツェの文化・社会とを互いに照応させながら論じた書物。「万能の天才」アルベルティについては、いつか自分なりに取り組んでみたいとかねてより思っているが、なかなか手を出せないでいる。この書物では…

 ピエール・フランカステル『形象の解読〈1〉芸術の社会学的構造 (1981年)』(西野嘉章訳、新泉社、1981年)

ピエール・フランカステル(Pierre Francastel, 1900-1970)による、美術史の方法論や芸術作品の在り方についての諸論考(原著は1965年)。フランカステルは、言うまでもなく「芸術の社会学」の先駆のひとりだが、今日「芸術の社会学」と聞いて思い起こされ…

 ピエール・レヴィ『ヴァーチャルとは何か?―デジタル時代におけるリアリティ』(米山優監訳、昭和堂、2006年)

ピエール・レヴィ(Pierre Lévy, 1956- )が、virtuelと呼ばれるものを、hétérogénèseという視点から広く人類学的に位置づけ、考察した書物。ひところジャン・ボードリヤールやポール・ヴィリリオなどの名前とともに流行ったヴァーチャル化による「現実の喪…

 イザベル・スタンジェール『科学と権力―先端科学技術をまえにした民主主義』(吉谷啓次訳、松籟社、1999年)

イザベル・スタンジェール(1949- )が、現代社会における科学をめぐる「政治」について論じた書物。現代社会において、科学を専門としない人々にとっては、科学の専門家が言うことを「黙って受け入れる」か「闇雲に反発する」かの二択しかないように見える…

 ロラン・バルト『現代社会の神話―1957 (ロラン・バルト著作集 3)』(下澤和義訳、みすず書房、2005年)

ロラン・バルト(1915-1980)が、現代フランスにおいて「あたりまえのこと」と思われているものを「神話」として分析した書物。「神話」は、なにかを覆い隠したり、あるいは顕示したりはしない。ただ、変形し、屈折する。屈折=妥協形成。のちには〈デノテー…

 水島茂樹『“解放”の果てに―個人の変容と近代の行方』(ナカニシヤ出版、2003年)

とりわけジョン・メイナード・ケインズとマルセル・ゴーシェを主な導きの糸として、現代社会を「経済」と「他者」から解放されつつある社会として論じた書物。啓蒙が進めば進ほど人は成熟できなくなっていく。このパラドクスは啓蒙に内在的な論理の帰結であ…

 港千尋『影絵の戦い―9・11以降のイメージ空間』(岩波書店、2005年)

現代社会におけるイメージの問題を、実体とその影というメタファーから出発して考察した書物。過去の痕跡を読み、そのデータを蓄積するという行為が、未来を予測するという行為と不可分であることを論じている箇所があるが、そこで面白いのは、かつてはこれ…