The Passing

岡本源太(美学)。書物を通過する軌跡。http://passing.nobody.jp/

クロード・レヴィ=ストロース『野生の思考』

クロード・レヴィ=ストロース『野生の思考』大橋保夫訳、みすず書房、1976年(原著1962年)


 有用性や実用性ではなく、知的な快と好奇心のほうが人間にとって根源的なものだという示唆が、本書の随所にちりばめられている。新石器時代の技術革新の数々が人類文明をつくりだしたが、それらは偶然の発見でも、有用なものの追求の所産でもありえず、人類がその起源からすでに喜びとともに蓄積してきた知識によってこそ生じたという。

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 万華鏡の比喩でもって語られる具体の科学の論理は、ルネサンス期の分類学にも似て、内容からそのつど形式だけを抽出してはたらく。この多値論理は、内容の完全な捨象によってよりも、異なるレヴェル間の互換性をたえず生み出す点で、汎用性をもつ。そのような互換性ゆえに、認識は感性から知性へと上昇するのではなく、感性がはじめから知性的に認識するのだと、レヴィ=ストロースは言う。感覚の論理としての野生の思考は、その意味で、美学への論理学の全面的な取り込みだ。

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 万華鏡に引き続いて、レヴィ=ストロースは野生の思考を合わせ鏡の部屋にもなぞらえる。アナロジーによる思考が鏡のアナロジーで語られる。また、異文化社会の慣習に心動かされるとき、その慣習は変形鏡としてはたらいて、自文化を見慣れぬ姿で映すと、レヴィ=ストロースは言う。鏡がアナロジーと互換性のモデルとして、さらに構造をかたちづくる変形と翻訳のパラダイムとして、引き合いに出される。