The Passing +

岡本源太(美学)。書物を通過する軌跡。http://passing.nobody.jp/

ブリュノ・ラトゥール『近代の〈物神事実〉崇拝について——ならびに「聖像衝突」』

ブリュノ・ラトゥール『近代の〈物神事実〉崇拝について——ならびに「聖像衝突」』荒金直人訳、以文社、2017年(原著2009年)

 

物神崇拝への批判——聖像破壊——は、一度目は人間が物神を作っているのだとして権力の源を物神から人間へと移動させ、二度目は人間が社会に騙されているのだとして権力の源をさらに人間から社会へと移動させる。批判は権力を解消せず、ただ移動させる。批判者の権力の源はこの移動にある。定義なるものはまさにこの移動の操作であり、概念が政治的効力をもつのはこの移動ゆえにだろう。認識論と心理学はこの移動を隠してしまう。

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破壊は、それが破壊であるとの文脈が共有されているときにのみ破壊たりうる。創造についても同様だ。あるのはただ変形だけであって、一つの同じ変形が創造でも破壊でもありうる。それゆえ注意すべきは、文脈で布置であり、複数の布置の干渉だろう。審理と事実は互換される、真理とはつくられたものである、とのジャンバッティスタ・ヴィーコの格率を思わせるラトゥールの「物神事実」の概念は、この布置全体を描き出す運動を見せる。ラトゥールはこれを、エティエンヌ・スーリオの「創設」の概念にきわめて近しいと語る。