The Passing

岡本源太(美学)。書物を通過する軌跡。http://passing.nobody.jp/

松村圭一郎『うしろめたさの人類学』

松村圭一郎『うしろめたさの人類学』、ミシマ社、2017年

 

社会的紐帯としての感情の共感作用を起点として、市場(交換)と国家(再配分)のあいだに社会(贈与)の空間を開くことが試みられる。もっとも、援助の実践に示されるごとく、市場と国家と社会は截然と区別されるわけではない。これらの空間の存立基盤は、そのいずれにも属しうる不分明な行為にしかないがゆえに、境界はつねにゆらぐ。一人の人間の一つの同じ行為が、そのまま交換にも贈与にも再配分にもなりうる。交換と贈与と再配分とのあいだにあるのは、行為の差異というよりも、そして意図の差異というだけでなく、むしろ視点あるいは解釈の差異だろう。市場と国家と社会の境界線のゆらぎは、個々の行為の水準で見れば、複数の視点のあいだの闘争であるのかもしれない。

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それらのあいだの調和こそが目指されるべき、と本書では言われる。すべてを贈与でもって取って代えることが目指されるわけではない。調和とは何だろうか。交換と再配分と贈与のあいだの調和は、人間同士の均衡でもあり、そして公平の実現でもある。行為の動因になるうしろめたさの感情は、不均衡を感覚することから生じて、そうして公平を希求し、均衡を回復させて調和を目指す。かつてロジェ・カイヨワが、前近代の地獄の宗教的想念から近代のマスメディアの事件ニュースまでに一貫して、公平への希求、正義への願望を看て取ったごとく、この世の不均衡に対して人間は無感覚ではいられないのだろう。調和という美学的な問題は、公平という倫理的ないし政治的な問題と切り離せず、その蝶番が感情だ。