The Passing

岡本源太(美学)。書物を通過する軌跡。http://passing.nobody.jp/

読書

吉田健一『時間』

吉田健一『時間』、講談社文芸文庫、1998年(初版1976年) 時間がたつのを感じることは、たんに時計が動くのを見ることではなく、今ここにいる自分と自分のいる今ここの世界の変化を認識することそのものだという。これは生きて親しむことと別ではない。吉田…

吉田健一『ヨオロッパの世紀末』

吉田健一『ヨオロッパの世紀末』、岩波文庫、1994年(初版1970年) 吉田健一はヨーロッパ文明の完成を18世紀に見る。それは18世紀に、古代のギリシア・ローマ文明とは異なるその性格が明確になり、当然のものになったということだ。ギリシア・ローマとヨーロ…

クロード・レヴィ=ストロース『野生の思考』

クロード・レヴィ=ストロース『野生の思考』大橋保夫訳、みすず書房、1976年(原著1962年) 有用性や実用性ではなく、知的な快と好奇心のほうが人間にとって根源的なものだという示唆が、本書の随所にちりばめられている。新石器時代の技術革新の数々が人類…

クロード・レヴィ=ストロース『人種と歴史』

クロード・レヴィ=ストロース『人種と歴史』(新装版)荒川幾男訳、みすず書房、2008年(原著1952年) 人類文明の飛躍的発展となった新石器時代の革命と近代の産業革命は、一つの優れた文明からではなく、いくつもの文化の提携から起こったという。人類は、…

クロード・レヴィ=ストロース『みる きく よむ』

クロード・レヴィ=ストロース『みる きく よむ』竹内信夫訳、みすず書房、2005年(原著1993年) レヴィ=ストロースは一個の作品のなかにつねに選択を見る。つまり、別様でもありえたなかでなぜこのように実現されたのかを問う。このとき構造とは、その別様…

クロード・レヴィ=ストロース『悲しき熱帯』

クロード・レヴィ=ストロース『悲しき熱帯』川田順三訳、中公クラシックス、2001年(原著1955年) 過去を、現在は失われてしまったものとしてではなく、現在に広がっているものとして捉えるとき、構造が見えてくる。風景や地層のように地理的な広がりへと分…

多木浩二「装飾の相の下に」

多木浩二「連載/装飾の相の下に」(全10回)、『SDーースペース・デザイン』第100号〜第103号、第106号〜第110号、第112号、1973年1月〜12月 芸術とも技術とも異なる装飾を、モダニズムは排除しようとしたが、それでも装飾はただ見かけを変えただけで残りつ…

ジャン=ピエール・デュピュイ『ありえないことが現実になるとき』

ジャン=ピエール・デュピュイ『ありえないことが現実になるとき』桑田光平、本田貴久訳、筑摩書房、2012年(原著2002年) 未然に防ごうとする防止策は、起こりうること、可能なことに対してしかなしえない。しかしながら、起こるはずのなかったこと、不可能…

沼野雄司『エドガー・ヴァレーズ』

沼野雄司『エドガー・ヴァレーズ』、春秋社、2019年 かつて初めて聴いたエドガー・ヴァレーズの《イオニザシオン》はまったくの支離滅裂な音の羅列に思えて困惑したが、あるときそれが自在に音の躍動する一つの空間として立ち現れて、爾来、ヴァレーズの音楽…

松村圭一郎『うしろめたさの人類学』

松村圭一郎『うしろめたさの人類学』、ミシマ社、2017年 社会的紐帯としての感情の共感作用を起点として、市場(交換)と国家(再配分)のあいだに社会(贈与)の空間を開くことが試みられる。もっとも、援助の実践に示されるごとく、市場と国家と社会は截然…

中井正一『日本の美』

中井正一『日本の美』、中公文庫、2019年(初版1952年)[併録の『近代美の研究』の初版は1947年] 「思想的危機における芸術ならびにその動向」(1932)では、文化の機械化と大衆化が思想の危機をもたらしたという通説が、近代における学問の専門化と職業化…

中井正一『美学入門』

中井正一『美学入門』、中公文庫、2010年(初版1951年) 中井正一とヴァルター・ベンヤミンとの親近性は、誰しもすぐさま気づかずにはいられない――脱落の美とアウラの凋落、コプラの欠如とショック作用、基礎射影と視覚的無意識、謬りを踏みしめての現在と今…

ロージ・ブライドッティ『ポストヒューマン』

ロージ・ブライドッティ『ポストヒューマン――新しい人文学に向けて』門林岳史監訳、フィルムアート社、2019年(原著2013年) ブライドッティによれば、現代の科学技術の発達と政治経済のグローバル化によって、個人主義的な主体性を人間に認めがたくなってき…

ミシェル・セール『人類再生』

ミシェル・セール『人類再生』米山親能訳、法政大学出版局、2006年(原著2001年) セールは人類の文化と認識の発展の起源を、最初期の技術たる動物の家畜化(正確には人間と動物の「相互飼い慣らし」)に見いだす。その要となったのは、分節言語によらない外…

ミシェル・セール『作家、学者、哲学者は世界を旅する』

ミシェル・セール『作家、学者、哲学者は世界を旅する』清水高志訳、水声社、2016年(原著2009年) セールによれば、クロード・レヴィ=ストロースが「野生の思考」と捉え直したようなトーテミズムは、分類操作の基本原理として、自然科学の起源にある。それ…

ポール・ヴァレリー『ドガ ダンス デッサン』

ポール・ヴァレリー『ドガ ダンス デッサン』清水徹訳、筑摩書房、2006年(原著1938年) ヴァレリーが歴史や伝記に向ける疑義は、本を読みながらの落描きのごとき気まぐれで途切れ途切れの文体によっても体現されているだろう。偶然とそれへの応答を直線的に…

ジャック・ランシエール『解放された観客』

ジャック・ランシエール『解放された観客』梶田裕訳、法政大学出版局、2013年(原著2008年) ランシエールは、人間の多面性、現実の多層性をつねに注視している。それゆえに、あらゆる二項対立をその可能性の条件に遡って問い直し、対立が反転したり移動した…

ジャック・ランシエール『感性的なもののパルタージュ』

ジャック・ランシエール『感性的なもののパルタージュ』梶田裕訳、法政大学出版局、2009年(原著2000年) 歴史の終焉論から芸術の終焉論へと、思想の力をめぐる論争の場所が移動していくのにあわせて、ランシエールの研究領域も労働・歴史・文学・芸術へと拡…

フランソワ・ヌーデルマン『ピアノを弾く哲学者』

フランソワ・ヌーデルマン『ピアノを弾く哲学者』橘明美訳、太田出版、2014年(原著2008年) ジャン=ポール・サルトル、フリードリヒ・ニーチェ、ロラン・バルトがどのようにピアノを弾いていたのかをあとづけながら、ヌーデルマンはその非言語的で身体的な…

平倉圭『かたちは思考する』

平倉圭『かたちは思考する』、東京大学出版会、2019年 形象の思考と力とが、形象を布置において理解することで、統合される。布置(dispotision)は構成(composition)に比して分散的であり、巻込の作用によって力を揮い、思考を広げる。ホワイトヘッドから…

平倉圭『ゴダール的方法』

平倉圭『ゴダール的方法』、インスクリプト、2010年 すでにある思想を表明したのではなく、映像と音声そのものによって思考しているゴダールの映画を把握するには、作品自体から分析方法を引き出さねばならない。ゴダールの編集操作の手つきが分析方法として…

ブリュノ・ラトゥール『近代の〈物神事実〉崇拝について——ならびに「聖像衝突」』

ブリュノ・ラトゥール『近代の〈物神事実〉崇拝について——ならびに「聖像衝突」』荒金直人訳、以文社、2017年(原著2009年) 物神崇拝への批判——聖像破壊——は、一度目は人間が物神を作っているのだとして権力の源を物神から人間へと移動させ、二度目は人間が…

マッシモ・カッチャーリ『三つのイコン』

Massimo Cacciari, Tre icone, Milano : Adelphi, 2007. マッシモ・カッチャーリはピエロ・デッラ・フランチェスカ《復活》を、アルベルティやヴァッラに体現されているような「悲劇的」人文主義の文脈で見る。カッチャーリによれば、人文主義は単純で純粋な…

ユベール・ダミッシュ『線についての論考』

Hubert Damisch, Traité du trait, Paris : Editions de la Reunion des Musées Nationaux, 1995. ルーチョ・フォンタナ《空間概念——期待》のシリーズは、一つのカンヴァスの物理的破損であると同時に、絵画というジャンル一般の概念的崩壊でもある。カンヴ…

ユベール・ダミッシュ『カドミウム・イエローの窓』

Hubert Damisch, Fenêtre jaune cadmium, Paris : Le Seuil, 1984. ダミッシュの哲学的な核心は、理論と歴史を駆動するアンフォルムとアナクロニズムへの洞察にあるように思うが、彼の仕事を美学美術史の伝統的な主題のなかに位置づけるなら、線と色、および…

マッシモ・カッチャーリ『哲学の迷宮』

Massimo Cacciari, Labirinto filosofico, Milano : Adelphi, 2014. (新)プラトン主義の伝統にあっては、哲学者——知恵を愛する者——は魂に知恵のイメージを描き、そうして魂はそのイメージに恋をするようになる。哲学すること、知恵を愛することにはエロー…

マッシモ・カッチャーリ『死後に生きる者たち』

マッシモ・カッチャーリ『死後に生きる者たち』上村忠男訳、みすず書房、2013年(原著1980年、2005年) ニーチェを継いで語られる「死後に生きる者たち」の位置は、同時代性も、反時代性さえもなく、主体を幽霊のごとき絶対的な距離のうちに置く。「自分のい…

古田徹也『言葉の魂の哲学』

古田徹也『言葉の魂の哲学』、講談社選書メチエ、2018年 概念の実体化への批判と、言葉の立体的理解への洞察が、ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインとカール・クラウスの言語哲学から汲み取られていく。言葉以前のものを実体化して、言葉をその代理と見なす…

星野太『崇高の修辞学』

星野太『崇高の修辞学』、月曜社、2017年 感性に関わる「美学的崇高」の背後に、言葉に関わる「修辞学的崇高」が発掘される。これはアイステーシスの根底にすでにロゴスがあるということなのだろうか。 * 偽ロンギノスは、過去の崇高な作品に触れることがみ…

ジョルジュ・ディディ=ユベルマン『アトラス、あるいは不安な悦ばしき知』

ジョルジュ・ディディ=ユベルマン『アトラス、あるいは不安な悦ばしき知』伊藤博明訳、ありな書房、2015年(原著2011年) アルベルティの物語からグリーンバーグの平面まで、部分を全体に統合していく美学的=認識論的モデルに対して、ディディ=ユベルマン…