The Passing

岡本源太(美学)。書物を通過する軌跡。http://passing.nobody.jp/

哲学

中井正一『日本の美』

中井正一『日本の美』、中公文庫、2019年(初版1952年)[併録の『近代美の研究』の初版は1947年] 「思想的危機における芸術ならびにその動向」(1932)では、文化の機械化と大衆化が思想の危機をもたらしたという通説が、近代における学問の専門化と職業化…

中井正一『美学入門』

中井正一『美学入門』、中公文庫、2010年(初版1951年) 中井正一とヴァルター・ベンヤミンとの親近性は、誰しもすぐさま気づかずにはいられない――脱落の美とアウラの凋落、コプラの欠如とショック作用、基礎射影と視覚的無意識、謬りを踏みしめての現在と今…

ロージ・ブライドッティ『ポストヒューマン』

ロージ・ブライドッティ『ポストヒューマン――新しい人文学に向けて』門林岳史監訳、フィルムアート社、2019年(原著2013年) ブライドッティによれば、現代の科学技術の発達と政治経済のグローバル化によって、個人主義的な主体性を人間に認めがたくなってき…

ミシェル・セール『人類再生』

ミシェル・セール『人類再生』米山親能訳、法政大学出版局、2006年(原著2001年) セールは人類の文化と認識の発展の起源を、最初期の技術たる動物の家畜化(正確には人間と動物の「相互飼い慣らし」)に見いだす。その要となったのは、分節言語によらない外…

ミシェル・セール『作家、学者、哲学者は世界を旅する』

ミシェル・セール『作家、学者、哲学者は世界を旅する』清水高志訳、水声社、2016年(原著2009年) セールによれば、クロード・レヴィ=ストロースが「野生の思考」と捉え直したようなトーテミズムは、分類操作の基本原理として、自然科学の起源にある。それ…

フランソワ・ヌーデルマン『ピアノを弾く哲学者』

フランソワ・ヌーデルマン『ピアノを弾く哲学者』橘明美訳、太田出版、2014年(原著2008年) ジャン=ポール・サルトル、フリードリヒ・ニーチェ、ロラン・バルトがどのようにピアノを弾いていたのかをあとづけながら、ヌーデルマンはその非言語的で身体的な…

ブリュノ・ラトゥール『近代の〈物神事実〉崇拝について——ならびに「聖像衝突」』

ブリュノ・ラトゥール『近代の〈物神事実〉崇拝について——ならびに「聖像衝突」』荒金直人訳、以文社、2017年(原著2009年) 物神崇拝への批判——聖像破壊——は、一度目は人間が物神を作っているのだとして権力の源を物神から人間へと移動させ、二度目は人間が…

マッシモ・カッチャーリ『三つのイコン』

Massimo Cacciari, Tre icone, Milano : Adelphi, 2007. マッシモ・カッチャーリはピエロ・デッラ・フランチェスカ《復活》を、アルベルティやヴァッラに体現されているような「悲劇的」人文主義の文脈で見る。カッチャーリによれば、人文主義は単純で純粋な…

ユベール・ダミッシュ『カドミウム・イエローの窓』

Hubert Damisch, Fenêtre jaune cadmium, Paris : Le Seuil, 1984. ダミッシュの哲学的な核心は、理論と歴史を駆動するアンフォルムとアナクロニズムへの洞察にあるように思うが、彼の仕事を美学美術史の伝統的な主題のなかに位置づけるなら、線と色、および…

マッシモ・カッチャーリ『哲学の迷宮』

Massimo Cacciari, Labirinto filosofico, Milano : Adelphi, 2014. (新)プラトン主義の伝統にあっては、哲学者——知恵を愛する者——は魂に知恵のイメージを描き、そうして魂はそのイメージに恋をするようになる。哲学すること、知恵を愛することにはエロー…

マッシモ・カッチャーリ『死後に生きる者たち』

マッシモ・カッチャーリ『死後に生きる者たち』上村忠男訳、みすず書房、2013年(原著1980年、2005年) ニーチェを継いで語られる「死後に生きる者たち」の位置は、同時代性も、反時代性さえもなく、主体を幽霊のごとき絶対的な距離のうちに置く。「自分のい…

古田徹也『言葉の魂の哲学』

古田徹也『言葉の魂の哲学』、講談社選書メチエ、2018年 概念の実体化への批判と、言葉の立体的理解への洞察が、ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインとカール・クラウスの言語哲学から汲み取られていく。言葉以前のものを実体化して、言葉をその代理と見なす…

星野太『崇高の修辞学』

星野太『崇高の修辞学』、月曜社、2017年 感性に関わる「美学的崇高」の背後に、言葉に関わる「修辞学的崇高」が発掘される。これはアイステーシスの根底にすでにロゴスがあるということなのだろうか。 * 偽ロンギノスは、過去の崇高な作品に触れることがみ…

ジョルジュ・ディディ=ユベルマン『アトラス、あるいは不安な悦ばしき知』

ジョルジュ・ディディ=ユベルマン『アトラス、あるいは不安な悦ばしき知』伊藤博明訳、ありな書房、2015年(原著2011年) アルベルティの物語からグリーンバーグの平面まで、部分を全体に統合していく美学的=認識論的モデルに対して、ディディ=ユベルマン…

ルイ・マラン『王の肖像』

ルイ・マラン『王の肖像』渡辺香根夫訳、法政大学出版局、2002年 (原著1981年) マランによれば、権力は表象としてしか存在しないという。というのも権力が成立するためには実際の物理的な暴力が潜在化され、さらに制度化されねばならず、表象こそがこの暴…

ルイ・マラン『ユートピア的なもの』

ルイ・マラン『ユートピア的なもの』梶野吉郎訳、法政大学出版局、1995年(原著1973年) ユートピアの中立性が、ただ現実社会からの分離独立というだけのことであれば、それは共通のイデオロギーに取り込まれている。そうではないユートピアの中立性は、あれ…

ルイ・マラン『絵画の記号学』

ルイ・マラン『絵画の記号学』篠田浩一郎、山崎庸一郎訳、岩波書店、1986年(原著1971年) 所収の論考「絵画記号学原理」で、マランはタブローの空間を「ユートピア」だと形容している。タブローは、枠内に観者の視点と視線を組織化する行動の実存的空間、生…

アーミテイジ

David Armitage, "What's the Big Idea? Intellectual History and the Longue Durée" (2012) このところ思想史に「長期持続(Longue durée)」の視点が回帰してきているとして、イギリスの政治思想史家デイヴィッド・アーミテイジが、新たな「観念のなかの…

アロア

Eammanuel Alloa, « Changer des sens. Quelques effets du “tournant iconique” » (2010) イメージ論についての泰斗から新進の論客までを集めた論文集の編集を、このところ矢継ぎ早にいくつも手懸けているエマニュエル・アロア。その見通しの良さが、本人の…

セール

ミシェル・セール×ブルーノ・ラトゥール『解明』(原著1992) もはや何度目の再読だったか忘れてしまったものの、かなり久々にミシェル・セールとブルーノ・ラトゥールとの対談『解明』を手に取る。セール哲学への最良の手引きになっている書物だけれど(最…

カントーロヴィチ(ブーロー)

アラン・ブーロー『カントロヴィッチ』(原著1990) 先頃『皇帝フリードリヒ二世』も翻訳されたエルンスト・カントーロヴィチの伝記を、アラン・ブーローが著したもの。当時の小説の筋などとの類比も交えてカントーロヴィチの歩みを大胆に再構成しているけれ…

『現代の哲学的人間学』、ロータッカー

『現代の哲学的人間学』(原著1972) エーリヒ・ロータッカー『人間学のすすめ』(原著1964) 「哲学的人間学」(あるいは自然人類学や文化人類学と並べて「哲学人類学」と訳してもいいかもしれない)は、日本では1970年代あたりに一挙に翻訳されて研究書も…

ファルギエール

Particia Falguières, "The theatrum mundi in the Sixteenth century" (2005) パトリシア・ファルギエールはルネサンス哲学と現代美術の二つを軸に据えた研究をしているので、個人的になんとなく親近感を覚えるが(時間割の都合で授業を取れなかったのがい…

マニグリエ

Patrice Maniglier, « Dessine-moi un éléphant ». (2010) このところエリー・デューリングと並んで、現代思想と現代美術の双方にまたがる考察を精力的に展開しているパトリス・マニグリエ。芸術論『悪魔の遠近法』(2010)と映画論『フーコー、映画に行く』…

 哲学者の語彙集成

Le vocabulaire des philosophes, I: De l'Antiquité à la Renaissance, Paris, Ellipses, 2002. Le vocabulaire des philosophes, II: Philosophie classique et moderne (XVIIe-XVIIIe siècle), Paris, Ellipses, 2002. Le vocabulaire des philosophes, I…

堀池信夫

堀池信夫『中国哲学とヨーロッパの哲学者』(1996-2000) ロジャー・ベーコンからモーリス・メルロ=ポンティまで、ヨーロッパの哲学者たちによる中国哲学受容を跡づけた労作。一挙に通読するには浩瀚すぎるため、まずはなじみのある16世紀あたりを読み散ら…

シュミット

カール・シュミット『ハムレットもしくはヘカベ』(原著1956) 「世界劇場」の発想一つ見るだけでも、ルネサンスにおける芸術(虚構)と政治(現実)の関係が一筋縄ではいかないのは当然のこと。カール・シュミットによるシェイクスピア『ハムレット』論を繙…

ガタリ

フェリックス・ガタリ『闘走機械』(原著1986) フェリックス・ガタリ、ジル・ドゥルーズ『哲学とは何か』(原著1991) ひきつづいてガタリの『闘走機械(冬の時代)』と『哲学とは何か』(ドゥルーズと共著)の芸術論を読んでみるに、なによりも感覚を重視…

ガタリ

フェリックス・ガタリ『三つのエコロジー』(原著1989) ステファヌ・ナドー〔ステファン・ナドー〕らによる精力的な遺稿出版もあって、このところ再考すべき状況が整いつつあるかにみえるフェリックス・ガタリ。その「機械」や「動的編成」といった概念がミ…

デューリング

Élie During, "La compression du monde" (2009) プロトタイプ論のさらなる展開を追いかけるまえに、エリー・デューリングの別系列の現代芸術論も読んでみようと「世界の圧縮」を繙くと、こちらは時間論と密接に連動した話。 情報技術の進展によって現代社会…