The Passing

岡本源太(美学)。書物を通過する軌跡。http://passing.nobody.jp/

ブリュノ・ラトゥール『近代の〈物神事実〉崇拝について——ならびに「聖像衝突」』

ブリュノ・ラトゥール『近代の〈物神事実〉崇拝について——ならびに「聖像衝突」』荒金直人訳、以文社、2017年(原著2009年)

 

物神崇拝への批判——聖像破壊——は、一度目は人間が物神を作っているのだとして権力の源を物神から人間へと移動させ、二度目は人間が社会に騙されているのだとして権力の源をさらに人間から社会へと移動させる。批判は権力を解消せず、ただ移動させる。批判者の権力の源はこの移動にある。定義なるものはまさにこの移動の操作であり、概念が政治的効力をもつのはこの移動ゆえにだろう。認識論と心理学はこの移動を隠してしまう。

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破壊は、それが破壊であるとの文脈が共有されているときにのみ破壊たりうる。創造についても同様だ。あるのはただ変形だけであって、一つの同じ変形が創造でも破壊でもありうる。それゆえ注意すべきは、文脈で布置であり、複数の布置の干渉だろう。審理と事実は互換される、真理とはつくられたものである、とのジャンバッティスタ・ヴィーコの格率を思わせるラトゥールの「物神事実」の概念は、この布置全体を描き出す運動を見せる。ラトゥールはこれを、エティエンヌ・スーリオの「創設」の概念にきわめて近しいと語る。

 

マッシモ・カッチャーリ『三つのイコン』

Massimo Cacciari, Tre icone, Milano : Adelphi, 2007.

 

マッシモ・カッチャーリはピエロ・デッラ・フランチェスカ《復活》を、アルベルティやヴァッラに体現されているような「悲劇的」人文主義の文脈で見る。カッチャーリによれば、人文主義は単純で純粋な〈ことば〉——キリストにしてギリシア的ロゴスでもある——への回帰であり、その語る形式の純化が社会・政治・宗教の革新を導いたという。純化された形式でピエロが描いた目覚めたキリストと眠る兵士たちは、〈ことば〉の純化の必要性と不可能性を示していると解釈される。

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ヤン・ファン・エイク《アルノルフィーニ夫妻の肖像》で、商人であり自宅で婚礼を執り行っているジョヴァンニ・アルノルフィーニとジョヴァンナ・チェナーミの姿が信仰と希望の図像になっていることを踏まえつつ、カッチャーリは、ファン・エイクがすべてを光のもとに描いている、つまりこの世俗の世界を「救済された」「美しい」ものと描いている、と指摘する。ただしアガペーだけが不在であり、不在のかたちでもたらされ、そこに知的愛、幾何学の仕方で証明されたカリタス、というエチカが成立しているのだという。

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アンドレイ・リュブリョフの《三位一体》と《救世主》の図像誌から、観想する神としての父と活動するその〈ことば〉(ロゴス)としての子の関係、神的な感覚、神的な見ることとしてのイコン、などが論じられていく。カッチャーリの論述が絵画をただの思想の図解に還元してしまっていないとすれば、それは図像学を踏まえていることに加えて、まさに絵画を見ていることにあるだろう。絵画を見ることを通して、なぜそう描いたのか、描くことができたのか、描かざるをえなかったのかに触れてはじめて、図像は現実になる。

ユベール・ダミッシュ『線についての論考』

Hubert Damisch, Traité du trait, Paris : Editions de la Reunion des Musées Nationaux, 1995.

 

ルーチョ・フォンタナ《空間概念——期待》のシリーズは、一つのカンヴァスの物理的破損であると同時に、絵画というジャンル一般の概念的崩壊でもある。カンヴァスの切れ込みの「線trait」は、1960年代の異議申し立ての時代の(先駆としての)「特徴trait」になる。このような特殊から一般への移行のなかに、ダミッシュは「線=特徴」の機能の変動とその振幅をはかる。同じ一つの線が、そのままで、物理から象徴までの振幅のなかで機能を変動させる。

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ダミッシュは、言語学的な意味での——しかしおそらくはウィトゲンシュタイン的な意味での——「アスペクト」によって、芸術作品のはたらきの特殊から一般への移行を捉える。それはもちろん、ルーチョ・フォンタナによるカンヴァスの切り裂きがそのままで絵画一般の概念の解体でもあることを、アスペクトの転換として見ているわけだが、実のところ芸術そのものがそのようなアスペクトの操作でこそ成立しているだろう。ダミッシュが『雲の理論』で引いていたポントルモの言葉が思い出される。

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芸術について考えるのではなく、芸術とともに考えるダミッシュの思索では、イメージが言葉の図解としてあるというより、イメージの展開として言葉がある。人間が言葉でもって考えているというよりも、イメージによって人間は考えさせられている。このとき芸術の理解は、作品の制作された過去の再現でも、現在からの概念の投影というだけでもなくなり、むしろ現在からの概念の投影が可能になった過去からの経緯を作品(群)の構造において理論として描き出すことになる。

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方法的アナクロニズム——と便宜的に名づけるとして——を、ジョルジュ・ディディ=ユベルマンやダニエル・アラスから遡って、ダミッシュの提起している仕方でもちいるとき、なによりも芸術の普遍性と多様性を結び合わせることが争点になる。アナクロニズムは時間化としてのアスペクト化であり、見えるものと同時に見えないことも問題になる。そうしてまず、時代ごと、地域ごとに芸術をひたすら細分化していくだけの相対主義多文化主義)が斥けられる。けれどもまた、芸術をすべて一つ(かいくつか)の基準ではかるだけの原理主義(科学主義)も斥けられる。

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ダミッシュは「線=特徴trait」の語の多義性を、「引くtirer」という操作、作業から導き出す。概念は身体に根差すもの、とも言いたくなる議論ではあるものの、しかしダミッシュは師のモーリス・メルロ=ポンティのようには身体を語らず、むしろ操作について、作業についてもっぱら語る。主体ではなく、構造が問題だからか。そして概念そのものが、定義というよりも、操作ではないのか。概念の操作性は、比喩の広がりではないか。

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西洋絵画と中国絵画の対比は、『雲の理論』のときと同様、歴史上の影響関係ではなくむしろ無関係にもとづいて正当化される。墨に五色ありとする中国の文人画は、線がそのままで色であり、色がまた線になるという、西洋絵画が考えもしなかったこと、西洋絵画の無意識を示す。フロイトがすでに示唆していたように、無意識は外に広がっているのであれば、空間的な広がり、地理的な分散は、無意識を構成しているか。

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中国では毛筆が線に抑揚と濃淡を与え、線と面、線と色が連続的なものとされていたのに対して、ヨーロッパでは線はなにより銀筆などの棒状の金属片の鋭利な尖端で引かれるものだった。それは刻み、彫ることにも近しく、均一な線を生み出す。輪郭線をできるかぎり細くするという西洋絵画の規範は、空間概念や認識理論以前に、そのような線の操作の経験に通じている。

ユベール・ダミッシュ『カドミウム・イエローの窓』

Hubert Damisch, Fenêtre jaune cadmium, Paris : Le Seuil, 1984

 

ダミッシュの哲学的な核心は、理論と歴史を駆動するアンフォルムとアナクロニズムへの洞察にあるように思うが、彼の仕事を美学美術史の伝統的な主題のなかに位置づけるなら、線と色、および図と地の理論/歴史についての研究としてまとめられるかもしれない。『カドミウム・イエローの窓』でも、これらの主題を繰り返し喚起しながら、モンドリアンとクレーから、ポロックやデュビュッフェ、アダミにルーアンまで、近代美術における「抽象」の問題、とりわけ抽象と主題=主体との結びつきという問題を考察し、そして芸術の終焉論への批判的示唆を展開している。

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バルザック『知られざる傑作』を、ダミッシュは交換と発見=発明の神話的物語だとしつつ、自然と絵画、現実と虚構(「真実」)、人生(恋愛)と芸術が、あたかも線と色のごとく理論的に対立しながら交錯するさまをたどる。いわば線描派のポルビュスと色彩派のフレンホーフェルの対立へと単純に図式化できそうでいて、その実、フレンホーフェルは幻想文学と同様に定義しえないままにとどまる。この定義しえなさは、未完成の美学におさまるものではなく、むしろ歴史上のプッサンが語った「絵画の思考」、つまり主題と描写のあいだを媒介するたえざる変奏に通じている。

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クロード・ジョルジュの絵画をめぐって、ダミッシュは絵画と数学を近づけ、それらを言語と対置する。絵画も数学もその思考においてはイメージをこととしており、しかしそれらを言語は無言のものと見なす。いずれも、ある図を、形象を、地に配置して分節化することに対して意識的な作業であるにもかかわらずだ。この対立は、ダミッシュが情報理論をこのとき参照していることもあってか、ミシェル・セールによるアルゴリズムの思考と概念の思考との対置を思い起こさせる。

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抽象は実のところ操作であるがゆえに意味作用も現実世界とのつながりも排除せず、モンドリアンやクレーに明らかなように、建築、都市、数学、音楽などを次々と模倣しうる。その抽象が主題=主体の問題をこそ強く打ち出すのは、ポロックが示しているごとく、これもまた操作であるがゆえにだろう。モンドリアンの《コンポジション》が、建築と絵画の一致する造形という次元でこそはたらくがゆえに、ルネサンスの理想都市のイメージ、ユートピアのイメージと同様のものでありうるとすれば、ユートピアも二重否定という操作によって構成されるからか。このとき絵画はもはやイリュージョンではない。

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ダミッシュはポロックを、類比(デュビュッフェ)や対比(ニューマン)ではなく、変換としてマティスと並置する。歴史は継起でも影響でも止揚でもなく、線でも網でもない。比較、類比や対比では捉えられない。歴史を、ある構造、ある問題機制において並置される変換群と見なすことは、歴史の否定であるどころか、線や網へと単純化されがちな時間に、展開の動力を返すことだ。このような歴史は、線でないのなら色だろうか。

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歴史の概念を「概念」として成立させるとは、その「操作性」を十全に展開することなのだろう。線や網といった形象に歴史を還元するのではなく、変化や動向を生じさせる構造を、規則を、把握することだ。「戦略、1950〜1960年」の章でダミッシュは、まず現象を記述し(出来事)、ついで位置を分析し(構造)、さらに個々のプレーを産出するゲームを成立させるとともに解体しもするアンフォルムを把握する(構造の構造)。ウィニコットを介して構造変換の場として理解されたアンフォルムは、ジョヴァンニ・ピーコ・デッラ・ミランドラの神やジョルダーノ・ブルーノの宇宙にも似る。

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構造主義における構造とは変形の規則なのだから、構造の構造にほかならないとして、その変形の場がウィニコット的な意味でのアンフォルムであるとは、いかなることか。たんなるフォルムとの対立ではなく、フォルムの侵犯でもなく、フォルムの起源とも言えない。両極性にもとづくゲームを成立させ解体しもするアンフォルムは、戦後の芸術動向においては抽象、マチエール、エクリチュールなどの形姿を取った。これはむしろ概念ではないか。相反するような形象と比喩の広がりを、概念は取り集めて、アンフォルムとなる。

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歴史の終焉論も芸術の終焉論も、プレーとゲームとを混同した議論なのだとして、では発展と止揚でも、その逆行の衰退と影響でも、その反転の終焉と多様でもないような歴史の概念は、そうした逆行や反転の変形の規則、構造、として、実際の作品において展開するだろう。だからこそアド・ラインハートは黒い絵画を描いたし、描きえたのだ。

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アルベルティが『絵画論』で、「画家として語る」のだと述べて、点に広がりを認めたことに、ダミッシュは原子論との通底を指摘する。それゆえアルベルティの遠近法は、原子論の基本要素が原子と空虚であるのに似て、形象と空間という二つのものを別個の原理で扱うことになったのだという。

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ヴァレリオ・アダミにとって、絵画制作にあたって写真資料を参照するのは、画家が絵画モデルを、学者が引用文献を確認するようなものだという。イメージを言葉の挿絵と見なす、そして絵画を典拠の図解と捉える発想を、ダミッシュはアダミとともに逆転する。ドガヴァレリーの関係のそれのごときこの逆転こそが、言葉ではないイメージの思考を問いうるものにする。また、美術史におけるアナクロニズムを問いうるものにする。さらには、絵画の「主題」をむしろ「主体」として問いうるものにするだろう。

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人間が考えるというよりも事物そのものが考えていると言えるほど、事物が人間をして思考させる。芸術が思考のモデルになる。「理論的対象」はその謂いだ。このとき、事物が単一であっても思考は複数の観点を示し、諸々の解釈は構造変換において相補い、補完しあう。「世界の複数性」をその謂いとして理解できるか。

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絵画を、現実に対する錯覚と見なすのではなく、現実のなかで作動するタブローとして理解するとき、具象か抽象かという論争は乗り越えられ、形象こそが問題になる。しかし形象=図を地から浮かび上がるものとしてしまうと、絵画はまたも非現実的な錯覚だと見なされてしまう。この図と地の関係を、構成主義アンフォルメルも問いに付したのだ。ダミッシュはやがて図と地の関係を構造変換(レヴィ=ストロース)にしてアスペクト転換(ウィトゲンシュタイン)として理論化していくが、そこにはポントルモの洞察がたえずありつづけている。

マッシモ・カッチャーリ『哲学の迷宮』

Massimo Cacciari, Labirinto filosofico, Milano : Adelphi, 2014. 

 

(新)プラトン主義の伝統にあっては、哲学者——知恵を愛する者——は魂に知恵のイメージを描き、そうして魂はそのイメージに恋をするようになる。哲学すること、知恵を愛することにはエロースが必要であり、エロースはイメージによってこそ生じる。しかしながら、真実なるイメージはありえない。このアポリアにおいて、イメージはかえってロゴスの有限性とイデアの無限性との存在論的差異のしるしとなる。このときイメージは言葉の図解ではなく、ミュトスはロゴスの挿絵ではない。ランディーノからフィチーノ、そしてブルーノまで、イタリアの人文主義という哲学を特徴づけるのが、そのようなイメージによって思考することなのだと、カッチャーリはいう。

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存在者の特殊な次元——ピュシス、自然本性——をそれぞれに抽出する諸々の個別科学に対して、哲学は存在者一般——本質——を統合的に探究する。とはいえ、カッチャーリによれば、これは裏返しの迷宮をなすという。中心に到達するのではなく、中心から出発する迷宮であり、しかもブルーノの無限宇宙のごとくあらゆる点が中心である多次元的な迷宮だ。哲学は驚き(驚異)からはじまり、迷宮の出口は無知にある。ここから、哲学——知恵への愛——のエロースは、たえずヴェールをかけなおすピュシス、たえず構築され創造されるもの、へと向かっていくのだとして、カッチャーリは力点をテオリアからポイエーシスに移す。

 

マッシモ・カッチャーリ『死後に生きる者たち』

マッシモ・カッチャーリ『死後に生きる者たち』上村忠男訳、みすず書房、2013年(原著1980年、2005年)

 

ニーチェを継いで語られる「死後に生きる者たち」の位置は、同時代性も、反時代性さえもなく、主体を幽霊のごとき絶対的な距離のうちに置く。「自分のいる時代に先んじているだけの者は、その時代にいずれは追いつかれる」(ウィトゲンシュタイン)という危険を免れて、アクチュアルであるか否かの無意味さをあらわにする。そうして、真理の必然性から出来事の偶然性へと回帰し、なにより細部に眼差しを注ぐことになる。時間、歴史、という共通の場所を失って孤独に漂う「死後を生きる者たち」は、ヴァールブルク『ムネモシュネ・アトラス』のイメージのごとくあるかに思える。けれども、見られるよりも聞かれる存在であるという。

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カッチャーリはウィトゲンシュタインの思索の中心を、自然言語の可変性と世界の偶然性に見定める。自然言語の論理化は言語をトートロジーに変え、世界を記述する科学言語は世界と同じく偶然的で、すべての命題は等価である。言語が価値(善)に導くことなどなく、ただ別の場所に連れていくにすぎない。変容する言語ゲームは、ヴェールを剝ぐのではなくして、たえずヴェールをかけなおし、多様な語法を生み、語りえない世界を示す。これは、カッチャーリによれば、ベンヤミンのいうバロック哀悼劇の空間そのものだ。だがまた、ルネサンス人文主義の真理論と言語論にも通じているように思う。

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ウィトゲンシュタインによる倫理と論理の分割が、キリスト教的な確実性の空間とバロック哀悼劇の寓意の空間との分断に通じているとして、これが二重真理説の系譜上で有する意味は何か。神学と哲学、キリスト教ギリシア哲学の二重真理説は、ヨーロッパでは中世のアリストテレス主義に端を発し、ルネサンスに新プラトン主義的な秘義と入門への分割を経て、ジョルダーノ・ブルーノで道徳と真理の分割になり、やがて近代を通じて認識論的な信と知の対立に整理される。だがウィトゲンシュタインにあっては、語りえぬものは、あらゆる語られたことを切断して、そこに見透しを与えるとともに、あらゆる語られたことから示される。

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ベルクの作曲法に示されている多様性の「合成」は、ヴェーベルンアフォリズム的な結晶の対極にあって、伝統的なモチーフやスタイルを断片において過剰にし、もういちど可能性の状態に引き戻しながら、回帰も反復も解決もなしにたえず変奏する。この「もはやない」と「いまだない」の聞きうる形式は、リゾーム的多様性ではなく、厳密な論理学にもとづいていて、変身の明晰さ、合成の冒険性を原理とするという。音楽と歌詞とがそれぞれ別個の組織化の原理を有しながら、歌曲においてはおたがいの場所を相互の沈黙と聴取のうちに明け渡すごとく、合成では多様性は散文的に併存する。

古田徹也『言葉の魂の哲学』

古田徹也『言葉の魂の哲学』、講談社選書メチエ、2018年

 

概念の実体化への批判と、言葉の立体的理解への洞察が、ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインカール・クラウス言語哲学から汲み取られていく。言葉以前のものを実体化して、言葉をその代理と見なすと、世界との直接の交流が失われたという発想に行き着いてしまう。それに対して言葉をふるまいの一つと見なすと、言葉は何かの代理ではなくなり、むしろそのつどの使用が重要になる。加えて、そのふるまい、その使用を支えている歴史性が、「生の形式」が、重要になる。言葉の多義性と多様性の立体的な構造は、生の形式そのものだ。

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自然言語の多義性を生の形式として把握し、人工言語の効率性を野蛮と戦争に通じるものとして批判するのは、遡るなら、ルネサンス人文主義がスコラ学のラテン語を言語の野蛮として非難したことにまでつながっているだろう。多義性と多様性こそが形式の構成、ゲシュタルト構築の基盤となりうる。それは繊細の精神だ。とはいえ、その逆のゲシュタルト崩壊は、分節言語の使用とは別の、詩、音楽、絵画といったふるまいを(再)発見させる契機でもありうるかもしれない。ロラン・バルトが「言語のざわめき」と呼んだ幸福なゲシュタルト崩壊もあるかもしれない。

星野太『崇高の修辞学』

星野太『崇高の修辞学』、月曜社、2017年

 

感性に関わる「美学的崇高」の背後に、言葉に関わる「修辞学的崇高」が発掘される。これはアイステーシスの根底にすでにロゴスがあるということなのだろうか。

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偽ロンギノスは、過去の崇高な作品に触れることがみずから崇高な作品を書く方法であるとしたが、その具体的な作業が引用であるという。しかも偽ロンギノスはただの引用するのみならず、連想から引用を集積し、それに対抗する比喩形象をみずからも形成せざるを得ない状況を築いているのだという。「古典」が、「パラダイム」が、過去のたんなる事実と異なるのは、この点においてだろう。

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「技を隠す技」という修辞学の原則を、偽ロンギノスはピュシスとテクネーの交差として語る。フィリップ・ラクー=ラバルト以前に、イマヌエル・カントにも、さらにジョルダーノ・ブルーノにも通じる論点だが、ここで考えるべきは、そうした思想の系譜の効力が、テクネーを隠す「崇高」に対してテクネーを顕わにする「滑稽」というような変換関係のなかで生じているように思えることではないか。本書でド・マンとともに論じられる「アイロニー」、あるいはジャンニ・カルキア『崇高の修辞学』が崇高の世俗化で触れている「ユーモア」、そしてもちろん「美」、といった変換と組み合わさってこそ、たんなる影響や継承ではない系譜が形成されるように思う。

ジョルジュ・ディディ=ユベルマン『アトラス、あるいは不安な悦ばしき知』

ジョルジュ・ディディ=ユベルマン『アトラス、あるいは不安な悦ばしき知』伊藤博明訳、ありな書房、2015年(原著2011年)

アルベルティの物語からグリーンバーグの平面まで、部分を全体に統合していく美学的=認識論的モデルに対して、ディディ=ユベルマンはヴァールブルクのアトラスとベンヤミン弁証法的イメージをもとに、部分と部分をたえまなく結合分離するモンタージュの美学的=認識論的モデルを提起する。

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卜占は盤のうえで印を操作し読解するが、それは記憶と欲望の介入なしには、その意味で過去と未来、時間、の侵入なしには、ありえない。バビロニアからローマまで卜占にもちいられた肝臓を、プラトンが欲望の器官としたのも、そのためだったのか。ブルトンの語る欲望の文字で書かれたスクリーンも、レオナルド・ダ・ヴィンチからさらに遡って、卜占の伝統に通じている。もちろんそれは世俗的啓示に変形されているにしても。

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ボルヘスでも、またゴヤでも、概念の変形とカテゴリーの解体は不安な笑いとしてあらわれる。過去の放棄でも受容でもない変形こそが、思考を解放し自由にするのだとして、このとき経験的なものが超越論的なものを変形することによって、なぜ笑いにいたるのか。ここから情念論を捉えなおして、その形而上学的な次元を回復することはできるだろうか。

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ディディ=ユベルマンゴヤの《理性の眠りは怪物を生む》を、アトラスの形象に重ね合わせて、想念を背負う近代人の寓意として読み解く。それはカントが「曖昧な表象」と——ライプニッツ主義の用語で——呼んだものを背負う理性の姿であるとすれば、その知はまさに美学そのものだろう。また同時にそれが市民社会についての哲学的批判でもあることに注意せねばならない。

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知は苦しみから生まれるとともに、知が苦しみをもたらすこともある。それでも人間は知を求め、知を欲望せずにはいられない。その苦しみを悦びに変換し逆転することを、ヴァールブルクはニーチェを引き継いで目指していたのか。

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知は苦しみから生まれ、苦しみをもたらすものとして背負われる——ディディ=ユベルマンの示唆を敷衍すれば、古代人にとってそれは運命、つまり神々のごとき自然の力をまえにした人間の無力であり、近代人にとっては想念、つまり社会を形成する人間の苦闘であり、現代人にとっては過去、すなわち進歩によって無用にされてしまった襤褸と屑だと、言えるだろうか。

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戦争こそが技術を急速に進歩させるが、その新規さが呼び寄せるのはかえって亡霊のごとき迷信、伝説、神話だ。新しさこそが残存を引き起こす。過去がモデルとして、パラダイムとして、新しさのショック作用を中和すべく呼び出される。そこにしばしば未来の姿さえ暗示されるのは、残存こそが人々の思考と行動を左右して未来を形成してしまうからか。ただ誤謬として切り捨てただけでは、それは力を失いはしない。それどころかいっそう暴走するだろう。

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ウィトゲンシュタインは、ダーウィンフロイトを、隠された本質や真理の発見者としてよりも、事物とイメージの新しい配列法の考案者として評価したという。そこからディディ=ユベルマンは、ウィトゲンシュタインをヴァールブルクに近づける。このとき看過すべきでないのは、言語ゲームであれ社会的記憶であれ、二人とも共同性をこそ問題にしていたことだろう。人々が共同できるのは、事物の配列と記述を通してであって、本質の説明や意図の伝達によってではない。

ルイ・マラン『王の肖像』

ルイ・マラン『王の肖像』渡辺香根夫訳、法政大学出版局、2002年 (原著1981年)

マランによれば、権力は表象としてしか存在しないという。というのも権力が成立するためには実際の物理的な暴力が潜在化され、さらに制度化されねばならず、表象こそがこの暴力から権力への変換操作をなすからだ。このとき、表象の無限性によって権力は絶対化を志向しはじめるものの、実際の暴力はあくまで有限で相対的なものでしかありえないがゆえに、権力は実際に行使されないかぎりでのみ絶対性を示唆できることになる。それゆえ権力の表象はたえず気晴らしを、逸脱をおこなう。暴力をふるわず、狩猟、行進、祝祭、晩餐へとたえず逸れていくかぎりで、権力は表象として成り立つ。

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「これはわたしの身体である」と語ったイエスの言葉が聖体を理論づけたように、「国家とはわたしである」と語ったとされるルイ14世の言葉が王権を理論づける。この言葉によって王権が成立するには、王は王の肖像を体現せねばならない。つまり、ルイ14世のほうが王の肖像を模倣して王になる。このとき王の肖像という現前する秘義的身体は、歴代の王の物語という想像された歴史的身体を表象し、かつそれを国家という象徴的な政治的身体に変換する。王は一つにして三つの身体をもち、肖像という感覚しうる身体こそが歴史と国家の蝶番になる。