The Passing

岡本源太(美学)。書物を通過する軌跡。http://passing.nobody.jp/

 鈴木雅雄編『シュルレアリスムの射程―言語・無意識・複数性 (serica archives)』(せりか書房、1998年)

シュルレアリスムの射程―言語・無意識・複数性 (serica archives)


「日常において抑圧されている無意識の欲望を解放する試み」という通俗的シュルレアリスム理解を一新する論文集。

オートマティスム」や「客観的偶然」といった概念によって、シュルレアリスム(というかアンドレ・ブルトン?)が提起した問題は、とりわけ言語と深く関わっているようだ。シュルレアリスムは、ダダとは異なって、言語からサンタグムを排除しない。オートマティスムによって記述された詩であっても、決して端的な無意味へと至ることはなく、むしろ多義的で謎めいたものとなっている。とするなら、シュルレアリスム流の「異化」とは、構造の破壊やコードの廃棄といったものではなく、むしろ、構造やコードに従いつつ逸脱していく、という矛盾したものとなるだろう。「従いつつ逸脱する」という受動性と能動性が不分明になった地点こそ、シュルレアリスムが探求したもののように思う。

また、「現実的なもの」をふたつの言語のあいだ(ヴァルター・ベンヤミンの「純粋言語」を思わせるが)に見いだした対話(鈴木雅雄、ジャクリーヌ・シェニウー=ジャンドロン)、ブルトンの思考法を固有名の配列による帰納法と捉えて弁証法演繹法と対比した論文(浅利誠)、「オートマティスム」概念の医学的起源をたどる論文(フランソワーズ・ルヴァイヤン)、生がことばをなぞるという奇妙な経験(客観的偶然の経験)をマラルメに見いだした論文(川瀬武夫)などが印象に残る。