The Passing

岡本源太(美学)。書物を通過する軌跡。http://passing.nobody.jp/

 池上俊一『身体の中世 (ちくま学芸文庫)』(ちくま学芸文庫、2001年)

中世西ヨーロッパにおける身体の在り方や、身体についての思考、身体を通しての思考を概観した書物。

中世も現代も人間の身体構造自体はそれほど変化がないにしても、その捉え方は大きく異なっている。もちろんそれは儀礼や衣装、医学(治療や衛生)などの場面において顕著に見られるのだとしても、やはりもっとも印象深いのは、思いも寄らない身体のシンボリズムだろう。たとえば、頭と心臓(mindとheart)の覇権争いは中世末期に登場し(心臓への関心の高まりは十二世紀以降顕著になるようだ)、教皇と王侯との権力争いに利用されたという。頭や心臓、他の内臓や目、耳、鼻、口など、身体器官の各部分がそれぞれに多様な意味を孕むさまを見ると、現代においてもこうした思考はそれと知られぬままに生き残っていることを感じさせる。

ただ、身体が孕む意味の在り方を「外面/内面」の図式で見ていったために、多少、紋切り型の見解に落ち着いてしまっている部分が少なくないようにも感じる。もちろん、中世という広い範囲を概観するためには単純化を避けることはできないだろうが、そもそも中世において(つまりデカルト以前において)本当にこうした「外面/内面」という観点はあったのかどうかは疑問が残る。ジョルジュ・ディディ=ユベルマンの言うように、歴史にアナクロニズムは必然なのだとしても、「外面/内面」図式を過去に投影する以外の仕方で過去を記述してみたいように思う。