The Passing

岡本源太(美学)。書物を通過する軌跡。http://passing.nobody.jp/

 エウヘニオ・ドールス『バロック論』(神吉敬三訳、美術出版社、1970年)

エウヘニオ・ドールス(1882-1954)が、「重く沈むかたち」たるクラシックと対になる「飛翔するかたち」たるバロックについて論じた古典的書物(フランス語訳1935年、スペイン語版1943年)。

それまではたんにクラシックの否定や堕落としてのみ語られてきたバロックを独自のカテゴリーと捉え、クラシックとバロックを互いに補完しあう関係にあるとするドールスの論は、バロック再評価に先鞭をつけたのもうなずけるだけの魅力的な語り口をもつ。しかし同時に、議論が際限なく拡散してしまう箇所もなくはない。「クラシック」と「バロック」を、それぞれ「静」と「動」、「理性」と「生」、……といった互いに補完しあう二項対立に重ね合わせて理解するなら、それはいたるところに見いだせるがゆえに、時を超えて見いだされる歴史の「常数」とされることになるのも当然だろう。だがそこまで拡大してしまっては、もはや概念としてはあまりに空虚になってしまって、なにも言っていないに等しくなってしまうのではないだろうか。ドールスの議論がもっとも冴えを見せるのは、該博な知識をもとに全歴史にわたって〈クラシック/バロック〉を跡づけていく箇所ではなく、やはり個々の作品の記述とバロック概念の内実への省察とが互いに反響しあう箇所だろう。

とはいえ、ドールスにおける「バロック」や「クラシック」などの、いわゆる「カテゴリー」「類型」「系列」「常数」の捉え方は面白い。ドールス自身は、アレクサンドリアの哲学者たちから語を拝借して「アイオーン」という語(また「理念=事件」という語)を使用するが、これは、時間・歴史を超えたカテゴリーや法則を意味するのではなく、むしろそれ自身歴史をもつカテゴリーを意味するのだという。クロノス的な歴史を超えつつ、それでいて歴史的であるようなアイオーンを。