The Passing +

岡本源太(美学)。書物を通過する軌跡。http://passing.nobody.jp/

アロア

  • Eammanuel Alloa, « Changer des sens. Quelques effets du “tournant iconique” » (2010)

イメージ論についての泰斗から新進の論客までを集めた論文集の編集を、このところ矢継ぎ早にいくつも手懸けているエマニュエル・アロア。その見通しの良さが、本人の論考にもよくあらわれている。が、裏を返せば、イメージ論の動向をそれなりに追いかけている人間にとっては、すべておなじみの見取図ということでもある。
ゴットフリート・ベームとW・J・T・ミッチェルによる「図像的転回〔iconic / pictorial turn〕」の提唱以降、イメージ学(Bildwissenschaften)やイメージ研究(image studies)の名のもとに、さまざまなイメージの地政学的・社会的・性差別的な意味や効力が分析されている。けれどもこのとき、イメージを言説制度や社会状況のたんなる「図解」に還元してしまうという、パノフスキー図像学のと似たようなアポリアが生じてもいる。それに対して、ジョージ・スタイナーやハンス=ウルリヒ・グンブレヒトのように、言葉に還元できない剥き出しの現前を主張する動きも出てきている。アロアは、このそれぞれを「アレゴリー」(別のものを語る)と「トートロジー」(同じことを語る)と特徴付けながら(そしてこの対立する二つをロラン・バルトのなかに集約的に見いだしながら)、そのいずれでもない第三のイメージの捉え方として、ジョルジュ・ディディ=ユベルマンのような徴候的読解を位置づける。
わかりやすく見通しのよい図式だけれども、そのわかりやすさが逆に見落とさせてしまうイメージの一局面こそが、実は重要であるようにも思う。つまり、変換や翻訳の(「イコノクラッシュ」の?)問題。