The Passing

岡本源太(美学)。書物を通過する軌跡。http://passing.nobody.jp/

 イザベル・スタンジェール『科学と権力―先端科学技術をまえにした民主主義』(吉谷啓次訳、松籟社、1999年)

科学と権力―先端科学技術をまえにした民主主義


イザベル・スタンジェール(1949- )が、現代社会における科学をめぐる「政治」について論じた書物。

現代社会において、科学を専門としない人々にとっては、科学の専門家が言うことを「黙って受け入れる」か「闇雲に反発する」かの二択しかないように見えることがあるが、本当にそうなのかとスタンジェールは問う。「実験室」という特異な空間は、視点をひとつだけに固定することを可能にし、それゆえの客観性をつくりだすが、その実験室を一歩出てしまえば複数の視点に遭遇せざるを得ない。パストゥールによる細菌の発見は、それが「病気の治療」という異なる視点と遭遇して初めて、ひろく受け入れられるようになった。現代の科学技術であっても、それが社会と接触するとき(もちろん現代において、資金提供は実験室の外部からなされているのだし、その成果はすぐさま実験室の外部で利用されるのだから、社会と遭遇しない科学はありえない)、そこには「実験室での視点」以外の視点こそが争点となる。その意味で、科学を専門としない人であっても、たしかに「実験室での視点」については無知であるが、その科学技術が「自分たちにとって」どのような意味を持ち得るのかを問うことはできる。そして、そうした問いを発する複数の「積極的な少数派」を構築することこそが重要なのだ、とスタンジェールは言う。

とてもコンパクトな書物ながら、「実験」をめぐる科学認識論や複数の認識の力学についての議論が、ひじょうに的確に展開されているように思う。複数の視点のすれ違いと絡み合いは、科学だけでなく「政治的なるもの」一般の特性だろうが、単なる相対主義的多元論に落ち着かないスタンジェールの議論は、こうした問題(デモクラシーをめぐる問題系?)を考えるうえでとてもすっきりとした見通しを与えてくれる。