The Passing

岡本源太(美学)。書物を通過する軌跡。http://passing.nobody.jp/

大学で学問をするために——読書案内

*2022年4月15日改訂。

① 梅棹忠夫『知的生産の技術』岩波新書[青版F93]、1969年
入門にして古典と言うべき一冊。学問のいちばん根本的な心構えを存分に伝えてくれます。正直ちょっと古い話題もありますが、生物学的に見ると人間の脳は新石器時代から進化していないそうですから、たかだか50年程度で学問の基礎が古びたりはしません。もっとのんびりやりたいなら、pha『知の整理術』(だいわ文庫、2019年)、あるいはもっとしっかりしたいなら上野千鶴子『情報生産者になる』ちくま新書、2018年)でしょうか。

 

② ピエール・バイヤール『読んでいない本について堂々と語る方法』筑摩書房、2008年/ちくま学芸文庫、2016年
読んでいない本を語る? フランスの精神分析家らしいエスプリの利いた文章で、本の読み方、教養の在り方、他人とのコミュニケーションの取り方などが、縦横に論じられます。ある意味で、大学で学ぶべきことがすべて書かれている一冊。ただし、読んでいない本について語るのが簡単だとは、どこにも書かれていないので注意。

 

③ 山口裕之『コピペと言われないレポートの書き方教室』新曜社、2013年
④ 戸田山和久『論文の教室』(最新版)、日本放送出版協会、2022年
とはいえ、①②では実際の論文・レポートの形式や実例などは紹介されていないので、実用的なマニュアルとしてはたとえば③④を。類書は無数にあります。美学・美術史・芸術学については、学術論文の書き方(佐藤守弘)をあわせて参照のこと。

 

⑤ 『日本の最終講義』(増補普及版)、KADOKAWA、2022年
⑥ 白川静中村元梅棹忠夫梅原猛私の履歴書——知の越境者』日経ビジネス人文庫、2007年
⑦ 今西錦司福井謙一河合雅雄西澤潤一小柴昌俊私の履歴書——科学の求道者』日経ビジネス人文庫、2007年
そもそも「学問って?」「大学って?」と悩んだときは、先人の経験と知恵を拝聴するに如くはありません。世界的に活躍する学者たちの体験談⑤⑥⑦など、いかがでしょう? だれもがなかなか痛快で破天荒な学問人生を歩んでいます。最新の学問動向が気になったら、ビートたけし『たけしの面白科学者図鑑』(全3巻、新潮文庫、2017年)という対談集、あるいは講義録の『中学生からの大学講義』(全5巻、ちくまプリマー新書、2015年)『続・中学生からの大学講義』(全3巻、ちくまプリマー新書、2018年)などがあります。

 

⑧ ジャン=ルイ・ド・ランビュール編『作家の仕事部屋』岩崎力訳、中央公論社 1979年
フランスの作家たちに、どのように仕事をしているのかをインタビューした面白い一冊が⑧。詩人や小説家とともに、文化人類学クロード・レヴィ=ストロース記号学ロラン・バルトへのインタビューがあって、それだけでも必読。とくにレヴィ=ストロースの研究方法は模範的で、見習いたいところです。もっとも、個人的にはミシェル・ビュトールの執筆法が興味深かったりします。

 

⑨ エルヴィン・パノフスキー「人文学の実践としての美術史」柏木隆夫訳、山崎正和責任編集『近代の藝術論』(世界の名著・続15)、中央公論社、1974年/(中公バックス世界の名著・81)、中央公論社、1979年 
なぜ学問をするのか——それはわたしたちが現実に関心をもつからだ。自然科学と人文学の違い、歴史学と美術史学の違いなど、それぞれの学問分野の特徴をはっきりさせながら、でも諸分野がたがいに支え合って人間の知を形成していることを論じます。発表されたのは1940年。ナチス政権下のドイツでユダヤ人排斥に猛り狂う群衆にひとり毅然と立ち向かっていった、というエピソードもある美術史家の深い洞察が、⑨にあります。けっしてやさしい内容ではありませんが、なぜ学問をするのかに悩んだとき、何度でも読み返す価値があります。

 

⑩ 坂本賢三『「分ける」こと「わかる」こと』講談社現代新書、1982年/講談社学術文庫、2006年
せっかくなので、すこし視点を変えた書物として、⑩も紹介。博覧強記の哲学者が、古今東西の神話から科学までを博捜しながら、人間の「理解」の構造を剔抉します。お薦めです。

 

番外編 河野与一『新編 学問の曲り角』岩波文庫、2000年
目次に「怠けものの語学勉強法」とあって、おお自分にぴったりだと思って読んでみたら、ラテン語学習がいちばんお手頃だという話に――。「語学の天才」と謳われた哲学者が、あくびやシラミや本のしおりや正誤表など些細なものから、面白可笑しく、でも意外に奥深い思想の歴史へと案内してくれます。大学での学問の読書案内からすれば番外編の書物ですが、とはいえ大学の内でも外でもかわることなく学問は愉しみと喜びなのだと感じさせてくれます。