The Passing

岡本源太(美学)。書物を通過する軌跡。http://passing.nobody.jp/

 思弁的転回へ

思弁的実在論――このところおもに『コラプス』や『スペキュレイションズ』を牙城にして展開されているこの「人間なしに考える」哲学動向の基本文献二つ。
ときおりカンタン・メイヤスーの名前は――エリー・デューリングと並んで――耳にしていて、ミシェル・セールからブリュノ・ラトゥールへの流れとの親和性から多少気にしてはいたものの、いつのまにやら大きな動向になっていたよう。ロベルト・エスポジトは「言語論的転回」以後の閉塞状況を打開する方途を「生」に見いだして、その起源(イタリア的な)をジョルダーノ・ブルーノに求めたが、同じく「言語論的転回」に背を向けた「思弁的転回」にあっても「ブルーノ問題」が生じるとすれば、それはいったいなぜなのだろう。あくまでもこの個人的な関心からにわかに調べはじめたばかりだとはいえ、「だれもいない森のなかで木が倒れたとき音はするのか」というよく知られた哲学問題(あるいは詭弁?)を叩き潰すような強靱な思弁を期待してもいる。

Ray Brassier, Iain Hamilton Grant, Graham Harman, and Quentin Meillassoux. "Speculative Realism," in Collapse, vol. 3, 2007
レイ・ブラシエ、イエイン・ハミルトン・グラント、グレアム・ハーマン、カンタン・メイヤスー「思弁的実在論」(2007)


現代「大陸」哲学はしばしば、実在論と観念論との古い形而上学的な闘いを克服したことを誇ってきた。主体/客体の二元論の拒絶は現代理論の条件反射になっているが、この二元論は表象批判によって解体されたものと思われてきたのである。主体/客体の二元論は、思考と世界との根本的な相関を考える多様な仕方に取って代わられたのだ、と。
けれども、この反表象(ないし「相関主義」)というコンセンサス――これは専門的な哲学を溢れ出て、多数の人文社会科学の領域で繁茂している――は、おそらく深く狡猾な観念論を隠し持っている。実在論はほんとうにそこまで「素朴」なのだろうか。広く膾炙している表象や客観性の棄却は、しばしばそう主張されているほどラディカルで批判的なスタンスなのだろうか。
このワークショップでは、四人の哲学者が一堂に会する。彼らの仕事は、さまざまに異なる関心から形成されているとはいえ、「大陸哲学の」正統の基本信条を問いに付すものである。その一方で、常識という反動的な先入見を避けてもいる。思弁的実在論は教義ではない。それは、人間中心主義の劫掠行為に抗して、実在の自律性の支持を表明する多様な研究プログラム――その名が超越論的物理主義だろうと、オブジェクト指向哲学だろうと、抽象的唯物論だろうと――を包括する用語なのである。

Levi Bryant, Nick Srnicek and Graham Harman, eds. The Speculative Turn: Continental Materialism and Realism. Melbourne : re.press 2011.
レヴィ・ブライアント、ニック・スルニチェク、グレアム・ハーマン編『思弁的転回――大陸哲学の唯物論実在論』(2011)


大陸哲学は新たな発酵段階に突入した。長きにわたる脱構築時代のあと、ドゥルーズに支配された時期がつづいたが、いまさらに新たな状況へと展開したのである。いまだ定義しがたいとはいえ、大陸哲学の立場の新銘柄を貫いている一本の共通の糸がある。それは、哲学における唯物論実在論の選択へと新たな注意が向けられていることだ。この新しい焦点は、現行世代の大家たちのあいだで、異なり対立しあう多数の形態をとっている。バディウ、デランダ、ラリュエル、ラトゥール、スタンジェール、ジジェクの著作の多くに共有された立場を見いだすことは難しいだろう。けれども、彼らの立場に欠如しているものがある。書かれたテクストの批判に対するオブセッションである。彼らはみな、結果は相容れないにせよ、肯定的な存在論を練り上げているのだ。同じくして、新世代の大陸哲学の思想家たちはこの動向をさらにいっそう押し進めている。超越論的唯物論から、ロンドンに本拠を置く思弁的実在論の運動、デリダの新たな復活まで、幅広い潮流に見られるとおりだ。『思弁的転回』というタイトルに示唆されているように、大陸哲学の新しい流れは過去のテクスト中心的な解釈学モデルから離れて、実在それ自体の本性に関する大胆な思弁に取り組んでいる。来るべき時代の大陸哲学の議論の中心に立とうとする多様な世代・多数の国籍の著者たちをとりまとめたのが、このアンソロジーである。

ついでに中核にいる4人の著作をリストアップ。ハーマンだけやけに多筆。

イエイン・ハミルトン・グラント(Iain Hamilton Grant, ?- )

  • シェリング以後の自然哲学』(Philosophies of Nature after Schelling. London-New York : Continuum 2006.)

レイ・ブラシエ(Ray Brassier, 1965- )

  • 『解放された虚無――啓蒙と消光』(Nihil Unbound: Enlightenment and Extinction. London : Palgrave Macmillan 2007.)

グレアム・ハーマン(Graham Harman, 1968- )

  • 『道具存在――ハイデガーと対象の形而上学』(Tool-Being: Heidegger and the Metaphysics of Objects. Chicago : Open Court 2002.)
  • 『ゲリラ形而上学――現象学と事物の大工術』(Guerrilla Metaphysics: Phenomenology and the Carpentry of Things. Chicago : Open Court 2004.)
  • ハイデガー拡張――現象から事物へ』(Heidegger Explained: From Phenomenon to Thing. Chicago : Open Court 2007.)
  • 『ネットワークの君主――ブリュノ・ラトゥールと形而上学』(Prince of Networks: Bruno Latour and Metaphysics. Melbourne : re.press 2009.)
  • 『思弁的実在論へ――論文と講演』(Towards Speculative Realism: Essays and Lectures, Winchester : zerO Books, 2010.)
  • 『哲学の輪』(Circus Philosophicus, Winchester : zerO Books, 2010.)
  • 『四方対象――ハイデガー以後の事物の形而上学』(L'Objet quadruple. Une métaphisique des choses après Heidegger. Paris : PUF 2010. [Engilish ed. The Quadruple Object. Winchester : zerO Books, forthcoming 2011])

カンタン・メイヤスー(Quentin Meillassoux, 1967- )

  • 『有限性のあとで――偶然の必然性についての試論』(Après la finitude. Essai sur la nécessité de la contingence. Paris : Le Seuil 2006.)