The Passing

岡本源太(美学)。書物を通過する軌跡。http://passing.nobody.jp/

 鶴岡賀雄『十字架のヨハネ研究』(創文社、2000年)

十字架のヨハネ(Juan de la Cruz, 1542-1591)の思想について、「暗夜」「影」「接触」「炎」「目覚め」などのイメージ系から考察した書物。

アビラのテレジアやマリア・マッダレーナ・デ・パッツィたちとともに、一六世紀西欧のキリスト教神秘主義の最高峰ともいえるだろう十字架のヨハネ。けれども、同じ一六世紀の同じカルメル会だったとしても、やはり単純に「神秘主義的な合一」の思想と括ってしまうことのできないニュアンスをそれぞれにもっているのだと、あらためて感じさせられる。

十字架のヨハネの語る「合一」は、いわゆる主客未分化な「融合」といったものではなく、双数的で互換的な「わたしたち」の成立であるという。こうした愛の合一の「双数」的な解釈は、たしかウラジーミル・ジャンケレヴィッチがライムンドゥス・ルルスに見出したことを思うなら、スペインの伝統のなかにあったのかもしれないにせよ、十字架のヨハネにあってはそれが「未来形」で語られるというのはかなり特異なことだろう。その「未来形」についても、たとえばジョルダーノ・ブルーノにも見いだせるにせよ、今度はブルーノには「双数」の思考はない。それだから、「合一」と呼ばれるものは、そのニュアンスを捨象してはまったく理解できないように思う。

したがって「合一」という「神秘」経験についても、その「法悦」体験だけに還元してしまう(心理主義の陥没)のではなく、魂と生の変容として、そうした体験のあとの日常生活(経験)への反響を含めて全体的に理解すべきだという。アンリ・ベルクソンからピエール・アドへと流れていく発想と共鳴しているようで、強く印象に残る。