The Passing

岡本源太(美学)。書物を通過する軌跡。http://passing.nobody.jp/

 ミシェル・セール『小枝とフォーマット―更新と再生の思想 (叢書・ウニベルシタス)』(内藤雅文訳、法政大学出版局、2006年)

小枝とフォーマット―更新と再生の思想 (叢書・ウニベルシタス)


ミシェル・セール(Michel Serres, 1930- )が〈普遍性/特異性〉の結びつきを「小枝」という語のもとで考察した書物(原著は2004年)。

この書物で重要なのは、後半の「出現」および「今日」のふたつの章のように思う。たしかに前半についてもセールが一貫して追及してきた着想に溢れていて示唆的ではあるが、とはいえ、そこで述べられていること自体はセールの独創とはそれほど言えないし、ときにかなりナイーヴにも見えてしまう。このナイーヴさはおそらくセールの戦略でもあるだろうが、後半「出現」「今日」の章になってそれが転倒されていくところにセールの独創と面白さがある。

この書物では、〈フォーマット/小枝〉の対のもとで豊富な事例を次々と通過しながら、〈普遍性/特異性〉や〈持続的なもの/出来事的なもの〉の対比・循環・結合が描き出されていく。とはいえ、それによって前半で語られることの多くは、すでに述べたように、セールの独創と言ってしまうのは少しばかり難しい。たとえば、数量化などによる普遍的なフォーマットが特異な出来事によって破られ、その特異な出来事が今度はまたあらたなフォーマットを築いていく、という〈普遍性/特異性〉の循環については、古くからいわれていることだし(カントの天才論でも、ヘーゲル弁証法でも、ガダマーの解釈学的循環でも、あるいはメルロ=ポンティの〈ラング/パロール〉でも、似たような発想には事欠かない)、所属のリビードーの分析についてもそれほど目新しいとは言えない。そのため、セールの本領が発揮されるのは後半であり、とくに〈フォーマット/小枝〉あるいは〈普遍性/特異性〉を、「概念」によってではなく、「アルゴリズム」あるいは「物語」によって結びつけることを提起する章「今日」だろう。ここにいたって、セールの発想は単純な循環性への依拠から決定的に脱却する。

この「アルゴリズム」については、直観主義に対しては形式主義を、幾何学主義に対しては代数学主義をとるセールが以前から折に触れて論じてきたもののひとつではあるが、それほど主題的に論じられてはいなかったように思う。この「アルゴリズム」は、「概念」のようにあらゆる可能性=潜在性を一挙に包摂するのではなく、順列組み合わせを通してあらゆる可能性=潜在性を辿り、結合していく(それゆえアルゴリズムは「速さ」がなければ使い物にならないわけだが、セールの著作のあの眩暈のするようなスピード感はこのアルゴリズム的手法を実践しているためだろう。これはちょうどデリダの著作の苛立たしいほどのスローモーションと対照的なもののように思う)。そのように可能性=潜在性のすべてをアルゴリズム的に結合することで、セールは、特異なものから普遍的なものへの移行のもうひとつの道を見いだそうとする。

このとき重要になるのが可能性=潜在性をどう捉えるかであり、この可能性=潜在性をめぐって考察が紡がれるのが「出現」の章である。技術によって増幅される〈無生物/生物〉さらに〈物質的なもの(エネルギー)/非物質的なもの(情報)〉の循環(フィードバック・ループ)によって、偶然性・複数性・歴史性があらわになり、可能性=潜在性を湧出させるとセールは言う。偶然性による潜在性の開示、というのは、たとえばジョルジョ・アガンベンバートルビー』などにも通じる論点だが、とはいえこの潜在性の顕在化の過程に「非の潜在性」(アガンベン)のような――あるいは「反実現」(ドゥルーズ)のような――否定的な契機が介在しない、というところにセールの独創があるだろう。