The Passing

岡本源太(美学)。書物を通過する軌跡。http://passing.nobody.jp/

 ガストン・バシュラール『新しい科学的精神 (ちくま学芸文庫)』(関根克彦訳、ちくま学芸文庫、2002年)

新しい科学的精神 (ちくま学芸文庫)


ガストン・バシュラール(1884-1962)が、相対性理論不確定性原理といった20世紀前半(バシュラールの同時代)の科学理論における客観性の在り方について論じた書物。

バシュラールの科学哲学において重要なのは、「プロセス」の重視にあるように思う。たとえばバシュラールは、科学の客観性を「客観化」と捉え直す(ほかにも、「単純なもの」を「単純化されたもの」と捉え直したりもする)。証明の手続きは、客観性に到達するためのたんなる手段というよりむしろ、それ自体が客観性であるような客観化のプロセスである。明晰であるべきなのは、結果ではなく、そこに至るまでの道筋である。とすると、科学を、その諸々の操作を捨象して考えることはできない。バシュラールがつねに個別的な議論の道筋を丁寧に辿るのも、その道筋こそが科学そのものにほかならないからだろう。

また、そのプロセスがつねに相補的な往復運動によって進行していく、とする点もバシュラールの科学哲学の特徴だろう。推論と実験との絶えざる往復。適用のプロセス。この相補性という発想は〈非〉をめぐる考察にも見いだされる。ユークリッド幾何学と非ユークリッド幾何学ニュートン力学と非ニュートン力学、……、デカルト的認識論と非デカルト的認識論。後者は前者を否定するものではなく、むしろ前者を拡張し、補完するものである。後者に付く接頭辞〈非〉は、否定ではなく、むしろ前者の限界を指し示すことで前者を拡張し、補完し、完成させることをあらわしている。パラダイムは転換するのではなく、過去の限界を顕わにしつつ拡張する。断絶でもなく、といって連続でもなく、弁証法的とも言い切れない、相補性。