The Passing

岡本源太(美学)。書物を通過する軌跡。http://passing.nobody.jp/

 港千尋『影絵の戦い―9・11以降のイメージ空間』(岩波書店、2005年)

影絵の戦い―9・11以降のイメージ空間


現代社会におけるイメージの問題を、実体とその影というメタファーから出発して考察した書物。

過去の痕跡を読み、そのデータを蓄積するという行為が、未来を予測するという行為と不可分であることを論じている箇所があるが、そこで面白いのは、かつてはこれまでのデータを逸脱するものにこそ未来のしるしを読み取ろうとしていたのに対し、現在のシミュレーションによる予測はそうした逸脱を排除してこそ成り立つ、と指摘しているところだろう。逸脱に着目して予測する態度と、逸脱を排除して予測する態度。一方は見る行為に収斂する「光」の思考であり、他方はデータベース構築に収斂する「記憶」の思考といったところだろうか。

ほかには、ヴァルター・ブルケルトエリアス・カネッティを参照しつつ、物語の根幹に「命令」を見いだす議論が面白く感じる。エミール・バンヴェニストやハラルト・ヴァインリヒ、アーサー・ダントーなどの議論では、物語は「過去形」と不可分であるため、なかなか「命令形」という発想はでてこないだろう。物語=命令の「生物学的起源」というような(パラ科学的な雰囲気が濃厚な)話は、概して検証も反証もできないお伽噺にとどまらざるをえないと思うが、「命令」の構造は一度突き詰めて考えてみると面白いように思う。