The Passing

岡本源太(美学)。書物を通過する軌跡。http://passing.nobody.jp/

 アラン・バディウ『倫理―〈悪〉の意識についての試論』(長原豊、松本潤一郎訳、河出書房新社、2004年)

倫理


アラン・バディウ(1937- )が、現在支配的な倫理の言説の欺瞞を苛烈に批判した書物。

一方では、善意やユマニスム(人道とか人間性とか)などの名のもとに、〈同情者/犠牲者〉の権力構造を再生産し続ける「似非カント主義」(カント本人ではない)が批判され、他方では、他者との差異の尊重や寛容などの名のもとにこれまた差別を再生産し続ける「似非レヴィナス主義」(レヴィナス本人ではない)が容赦なく批判される。バディウが現在の倫理言説を批判するのは、とりもなおさずそれが現在の状況を打破していくことができない(そもそも打破しようとしていない)点にあるだろう。

それほど学術的に書かれたものではないため、全体的に論証よりもパフォーマンスを優先させているが、そのためにかえってバディウの基本的な立場が良く分かる。現在の状況から断絶した出来事に忠実に語るための過程こそが「倫理」である、と主張するバディウは、状況に埋め込まれている(動物的な)生からの逸脱、相互的コミュニケーション(世論)からの横溢に主体の生成や倫理という過程を見いだす。あえて図式化すれば、水平性に対して垂直性があらわれるところに「主体」「倫理」「真理」などを配置している、と言えるだろうか。この図式自体は目新しくないにしても(とくにそれがいかにもジョルジョ・アガンベンの批判しそうな〈動物性/人間性〉などと結びつくあたり)、あくまでも「真理」にこだわるところに、普遍性と複数性を輻輳させようとするバディウの戦略があるのかもしれない。