The Passing

岡本源太(美学)。書物を通過する軌跡。http://passing.nobody.jp/

 マーティン・ジェイ『暴力の屈折―記憶と視覚の力学』(谷徹、谷優訳、岩波書店、2004年)

暴力の屈折―記憶と視覚の力学


マーティン・ジェイ(1944- )によって書かれた、イメージ、暴力、戦争、歴史などのテーマ系が交差する論文・批評集。

フロイトによって提起された「喪」と「メランコリー」の対比にもとづきつつ、「トラウマ」概念によってこうしたテーマ系を語るというのは、もはや定型となってしまったのかもしれない(とりわけ英語圏における議論では)。マーティン・ジェイはとりわけバランス感覚に優れた読み手で、いつも上手に議論を整理していくが、この本での議論はいささか陳腐なものという印象をぬぐいえない。もちろん、とりたてて間違っているとは思わないのだが。

そもそも「トラウマ」という概念自体が、あまりに安易に使われているのではないだろうか。フロイト自身、おそらく「多重決定」の考え方と齟齬をきたしたのだろう、徐々に「トラウマ」概念から離れていったように思う。そこからもわかるように、「トラウマ」という考え方はものごとをあまりに単純化しすぎるきらいがある。トラウマさえ解決できれば、あとはすべてがうまくいくかのように。

「喪」と「メランコリー」の対比にしても、表象の「可能性」vs「不可能性」という問題系とかかわって、いまやいたるところで反復されている。けれども本当に問題なのは、喪とメランコリーを単純に対比できないところにあるのではないだろうか。