The Passing

岡本源太(美学)。書物を通過する軌跡。http://passing.nobody.jp/

芸術

デスコラ

Philippe Descola, "Une anthropologie de la figuration" (entretien avec Nikola Jankovic) (2007) Philippe Descola, "Ontologie des images." (2008-2009) 友人たちと細々と読み進めているフィリップ・デスコラのコレージュ・ド・フランス講義「イメージ…

デューリング

Élie During, "Du processus à l'opération" (2003) 科学哲学と美学を股にかけて活躍するエリー・デューリングが1960年代以降のいわゆる「脱物質化」(ルーシー・リパード)していく現代芸術を論じたテクストを読んでみると、「操作(オペレーション)」とい…

パノフスキー

エルヴィン・パノフスキー『イコノロジー研究』(原著1939) かなり久々にエルヴィン・パノフスキーの「時の翁」を読み返してみると、古典古代には基本的に「カイロス」と「アイオーン」の二つの時間概念しかなく、「クロノス」という時間概念は中世〜ルネサ…

鈴木雅雄

鈴木雅雄『シュルレアリスム、あるいは痙攣する複数性』(2007) シュルレアリスムの理論と実践(とりわけ実践)をさながら新たな共同体論として読み解いていく趣の書物。いっさいの超越的な審級を廃したうえでいかにして共同する(ともにある)ことができるか…

アルキエ、シェニウー=ジャンドロン

フェルディナン・アルキエ『シュルレアリスムの哲学』(原著1955) ジャクリーヌ・シェニウー=ジャンドロン『シュルレアリスム』(原著1984) スタロバンスキーはけっこうざっくりとロマン主義の後継に位置づけていたシュルレアリスムの想像力論、実のところはも…

デスコラ

Philippe Descola, "Ontologie des images." (2008-2009) コレージュ・ド・フランスでイメージ論や風景論の講義をしたり、ケ・ブランリー美術館の『イメージの製造』展を監修してみたり、このところいわゆる「イメージ人類学」の急先鋒に躍り出たかに見える…

ラトゥール

Bruno Latour, "Some Experiments in Art and Politics" (2011) ブリュノ・ラトゥールがトマス・サラセーノの作品(Galaxies forming along filaments, like droplets along the strands of a spider's web)をとりあげている短文があったので、友人たちと読…

武満徹

武満徹『エッセイ選』(2008) 武満徹『対談選』(2008) いまとなってはいくぶん紋切り型とも思えてしまう西洋近代批判が散見されるのは措くとして、思い通りに操作しきれない個々の音の在り方が楽器の歴史性に結びついていることが示唆されていて、まずそ…

市川浩

市川浩『現代芸術の地平』(1985) わずかばかりとはいえ現代芸術を囓って楽しんでいる身としては、感覚から想像や理性へと階層を積み上げていくような認識論はどうも実感にそぐわないが、その同じ違和感をもっていたのだろうか、この書物では感覚や知覚や想…

多木浩二

多木浩二『神話なき世界の芸術家』(1994) 個人的にはむかしアンゼルム・キーファー論を面白く読んだ記憶のある多木浩二によるバーネット・ニューマン論を繙いてみると、これまた面白く読む。現象学や崇高論やカバラーを援用した解釈に禁欲的なところに親近…

ルヴァイヤン

フランソワーズ・ルヴァイヤン『記号の殺戮』(1995) これもむかしから存在は知っていたものの手に取ったことのなかった『記号の殺戮』。この書物は(というかルヴァイヤンの書物自体!)どうやら日本語でしか存在しない模様。アンドレ・マッソンを中心に、…

フェルマン

フェルディナント・フェルマン『現象学と表現主義』(原著1982) むかしから存在は知っていたものの手に取ったことのなかった『現象学と表現主義』。時代精神みたいなものから哲学と芸術を類比する怪しげな「精神史」話かと思いきや、これがなかなか地に足つ…

大平具彦

大平具彦『二〇世紀アヴァンギャルドと文明の転換』(2009) シュルレアリスムと人類学の接近遭遇をもう少し考えてみようとこの書物を手に取ってみたところ、ヨーロッパのアヴァンギャルドを文化的ハイブリッドとして理解しなおすという企図を見て、なにやら…

谷川渥

谷川渥『シュルレアリスムのアメリカ』(2009) 慎ましいタイトルながら、シュルレアリスムから抽象表現主義にいたる動向が多面的に切り出されていて、一息に読んでしまう。「眼は野生の状態で存在する」というブルトンの名高い言葉も含め、シュルレアリスム…

カヴェル

Stanley Cavell, The World Viewd. (1971/79) スタンリー・カヴェルの『観られた世界』、とくにシネフィルでもない身としてはどうにもとりつく島もない映画よもやま話が長々と続き、俳優のスターシステムやら映画の窃視性やらの指摘はカヴェルの専売特許とい…

江村公

江村公『ロシア・アヴァンギャルドの世紀』(2011) 20世紀初頭のロシアは芸術にかぎらず多方面で異才を輩出しているけれど、絶対主義(シュプレマティスム)と構成主義の先鋭さにあらためて驚嘆。絶対主義が色彩派で構成主義が線描派という分類もいろいろと…

マラン

Louis Marin, De la représentation. (1994) 美術史と精神分析をめぐるルイ・マランのインタビューを読んでみると、ピエール・フェディダとけっこう交流があったよう。マランの「表象」や「形象」の理論の(隠れた?)影響力は侮れないが、その畢竟とも言う…

ヴァールブルク

アビ・ヴァールブルク『蛇儀礼』(原著1923) あらためて読みなおしてみると、学術論文(発表)のお手本のような構成。書かれたときの状況が状況だけに、たしかに推敲されていないにせよ、ヴァールブルクの基本的な発想がよく見てとれる。とくに、「立ち、歩…

カヴェル

Stanley Cavell, The World Viewd. (1971/79) スタンリー・カヴェルの『観られた世界』、おもに映画と他ジャンルとの比較を頼りにして分析が進んでいくが、その分析の進展にあわせて分析の道具立てそれ自体も練り上げていくあたり、ふとロラン・バルトの手つ…

クブラー

George Kubler, The Shape of Time. (1962) ジョージ・クブラーが展開するプライム・オブジェクトとレプリカの話、数学とか遺伝学とか文学理論とか比較文法とかのメタファーがあれこれ引っ張りだされるものの、率直なところやや中途半端な印象で、最終的には…

クブラー

George Kubler, The Shape of Time. (1962) あらためて読み直してみるとジョージ・クブラー、「様式論か図像学か」で二極化していた五〇〜六〇年代のアメリカの美術史業界情勢をまえにしてこの本を書いたのだろうなという印象が強かったり。これが七〇年代に…

 『象徴図像研究』の

『象徴図像研究――動物と象徴』(和光大学総合文化研究所、松枝到編、言叢社、2006年) 『象徴図像研究』第1〜11号、和光大学象徴図像研究会、1987〜1997年 イメージの問題を考えるうえで、いまや「人類学」と「生態学」の視点の重要性を説き謳う声は喧しいも…

李沢厚、河野道房、アヤダ

李沢厚『中国の伝統美学』(原著1989) 河野道房「前近代中国絵画関係文献の形式と内容」(上+中+下)(1999-2001) Souâd Ayada, L'islam des théophanies. Structure métaphysique et formes esthétiques. (2009) 中国の芸術論は早くから「表象」ではな…

宇佐美文理、アヤダ

宇佐美文理「神思と想像力」(1996) 同「六朝芸術論における気の問題」(1997) 同「中国芸術理論史序説」(2005) 同「〈形〉についての小考」(2007) Souâd Ayada, L'islam des théophanies. Structure métaphysique et formes esthétiques. (2009) ヨー…

李沢厚、杉田英明

李沢厚『中国の伝統美学』(原著1989) 杉田英明『事物の声、絵画の詩』(1993) 李沢厚の書物によれば、「公では儒家、私では道家」というのが大ざっぱな中国の思想の棲み分けだと良く言われるにしても、それは「倫理では儒家、美学では道家」というわけで…

謝赫、福永光司、クルアーン(小杉泰)

謝赫『古画品録』(6世紀前後) 福永光司『中国の哲学・宗教・芸術』(1988) 小杉泰『クルアーン』(2009) モーセ、イエス、ムハンマド、それぞれがおこなったとされる「奇跡」の違いが面白い。モーセでは呪術師との対決が、イエスでは医師との対決が背景…

クルアーン(小杉泰)、張彦遠(宇佐美文理)

小杉泰『クルアーン』(2009) 宇佐美文理『歴代名画記』(2010) 絵画に描かれているとおりに画家はものを見ている、と考えてしまう粗雑な心理学者や現象学者は論外としても、ともすれば認識プロセスと制作プロセスは一直線に結びつけられてしまう。張彦遠…

ペイター

ウォルター・ペイター『ガストン・ド・ラトゥール』(原著1896/改訂版1995) 「すべての芸術はたえず音楽の状態に憧れる」という言葉しか知らなかったウォルター・ペイター。この言葉は『ルネサンス』のなかに記されているとのことだが、同じルネサンスを舞…

ジョイス、ジョイス=ブルーノ(ダウンズ)

James Joyce, "The Day of the Rabblement." (1901) Gareth Joseph Downes, "The Heretical Auctoritas of Giordano Bruno: The Significance of the Brunonian Presence in James Joyce's The Day of the Rabblement and Stephen Hero." (2003) 蒙昧な群衆…

ジョイス、カントロヴィチ、ダグロン

James Joyce, "The Bruno Philosophy." (1903) エルンスト・カントロヴィチ『祖国のために死ぬこと』(1993) Tristan Dagron, Unité de l'être et dialectique. L'idée de philosophie naturelle chez Giordano Bruno. (1999) 久々再読のカントロヴィチ。ペ…